| セラピストもヒーラーも知らない じゃりん子編 |
今日は 私が瞑想を始めたきっかけについて 書いてみたいと思います
私の生まれた家は、サラリーマンの家庭とは違って 両親が貿易関係の会社を経営していたので 手近に経済や経営に関する本が 沢山あるような家庭で、子供の頃からそんな本を読むのが好きな子供でした
と、・こんな話をすると お嬢様と勘違いする人がいるのですが、 両親は 日本のバブル経済の真っ只中に赤字決算を むかえて しまったような ある意味ですごい? ツワモノ会社経営者
そんな中で育った私は じゃりん子チエ のチエちゃん のように たくましく生きる女の子だったわけです
色々な本の中でも特に好きだったのは、願望実現に関する 「マーフィー成功シリーズ」この本はとても面白く遊び心のある本でした
リラックスして眠りながら欲しいものをイメージすると すべて手に入る というような内容で、ビジネスの本でありながら 休む事(眠ること)を 指南しているところが、読みやすくて 何ともいえない面白さがある本なんです
で・・実際に本の通りにやってみると書いてある通りに 願ったことが実現する訳です それは望みが大きいとか小さいとか 関係なしに 面白いように実現していたので子供心には それが魔法のようで不思議でしかたないといった感じでした
よく、「意識できるものは氷山の一角で、目に見えないけれども 大きな働きをする意識の世界が大部分である」と 言いますが、 それを子供の時から強く実体験として感じていました
そこから目に見えない世界に注目するようになったのですが、 家風が「 何よりも現実が大切 」といった家だったので、 目に見えないものを探求しすぎると身を滅ぼすとか 危険だと、 どちらかと言えば用心してましたね
この感覚は今でも私の中に残っていて、 どんなに興味惹かれても 現実に役に立たなければ何の価値も ないと思っています
けれども実際のところ現実をより良いものにしていく為には、 いかに目にみえない意識の力を有効に使っていけるかが鍵 になってくるのです
花や実をより良いものにしたければ、注目しなければいけな いのは、土の中のことです。土の中は外からは見えません。 けれども種があるのも水や肥料を吸収するのもすべて土の中です
現実もそれと同じでより良い花や実を収穫していく為には目に 見える部分を注目するのではなく、目に見えない部分に 注目することが大切なのです
ちなみに・・・「空」は潜在意識の事ではありません そんな心の浅い所じゃないんです
心のことに興味を持ったのは 潜在意識や願望実現がはじまりだった・・ しかし、願望実現してみても自分が欲しいとイメージして手に入れても 全然、嬉しくない物や出来事があったり 頭で欲しいものとハートが欲しいものは違うことが多く、 イメージしようとしても、何かの抵抗や制限が加わって想像 すら出来ない願望があることに気がついたのです
また、多くの願望実現の本の中には イメージすることは書いてあっても、 その抵抗や制限が何なのか?とか 潜在意識を掃除することについて ふれている本は無く、つまらないなぁー と感じはじめていたのですね
で、 どうやって心の事を探ればいいのかと思った時に 漠然と外側じゃなくて、もっと、自分の中に行かなきゃダメなんだろうなぁ と思った訳です
宗教とか教祖さんやグル(導師)と言われる人達に聞きに行くとか、 「それも違う、勘弁してくれ〜(笑)」と思っていました。 なんとなく、私の性に合わないと思ったし、本や話よりも 体験して自分で学ぶことが欲しいと思ったからです
だから、瞑想というものを見つけるまで すごく時間がかかりました 出合ったのは10年後の23才位になった時でしたね
もともと願望実現がきっかけで心のことに興味を持ったのが 始まりだったので その事に話を戻すと、瞑想のおかげで 願望実現が上手く出来るようになったのか といいますと、答えは「イエス」でもあり「ノー」でもあります。
(※もちろん願望実現するためだけに瞑想がある訳では ありません それらは瞑想においてはオマケでしかありません)
「イエス」の部分は、別に眠らなくても普通の意識状態で実現する時は すんなり実現するようになった部分です
なぜ、このような事が起こるのかというと、瞑想すると 頭の中が通常よりも整い 無駄な思考の数が瞑想してない人よりも 減るので、沢山の中の一つの想念よりも 少ない中の 一つの想念の 方がとても強くなるから 創造していく力も強くなります
想念が出てくる源である「空」を経験する時は、想念がまだ出てきてない 空っぽの領域ですから それを経験するだけでも、頭の中の こんがらがっているのが整理される訳です
「ノー」の部分は、何かを欲しいと思う原動力がなくなってしまった事です
これは、とても逆説的な言い方ですが、瞑想を長く続けていると、 「何かを欲しい」と思う前に「すでに持っている」という内側からの 心の充足感がやってきます だから、「願望を実現したいか?」と 問われると「どっちでもいい」という表現が一番ぴったりします
お腹がすいている時には、お寿司やラーメンが食べたいと願望を持つ事が できますが、お腹がいっぱいの時はそのような願望を持つ事が出来ないはずです
すでに満たされている場合は、おそらく、「いらない」または 「どっちでもいい」と思うでしょう。その感覚と同じようなことが心におきる といった具合です
この話を 願望実現を期待して瞑想を始めた人に話すと拍子抜け されてしまうのですが、豊かさや幸せの度合いは、「どっちでもいい」と 思える充足感のほうが 願望実現よりはるかに大きいのです
もしもあなたが 願望実現したいと思っていることの 原動力の中に「私は持っていない」といった 心の中の渇きや 空虚があるとすれば、願望を実現すればするほど 心の中の渇きや 空虚が浮き彫りになってきます 内側からの充足が鍵になります
フルフィルメント瞑想においては 「願望実現するという望み」 それ自体が小さい ということなのです
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