瞑想ホーム
セラピストもヒーラーも知らない ワンネス編
こんにちは、 だいぶ秋らしくなってきましたね

「天高く のみ 肥ゆる秋」

    やばい!!  皆さんも気をつけて下さいね


今日は質問いただきましたので、そちらのご紹介から・・

フルフィルメント瞑想で得られる「空」の体験とは、ワンネス・
自他一如の感覚とは同じなのですか?

お答え:
ちょっと注釈がついた上での 同じです 色々な意識の段階
を経てこの意識の状態を得る事は可能です

「ワンネス」これを口にする人や書物は多くありますが、実際に
意識のすべてで、体験してワンネスだといっているのかどうなのか
私には疑問なんですね

確かに「空」を体験すると深いやすらぎや至福感があって、そして
瞑想を終えて目を見開いた外側の事象の中にも全く 同じような
感覚を感じることがあります そんな時、私は「きっとすべては、
ひとつなんだろうなぁ」と漠然と感じることがあります

けれど、この感覚は おそらく 私のハートの感覚であって、私の
マインドやエゴは相変わらず「私は私、人は人」って分離があります
これって 普通の人の感覚だと思いますけど どうでしょうか?

すべてはひとつ と言われているし、書物にも書いてあるけれど、
それが本当なのか どうなのか、ハートの感覚だけでなく意識状態
として自分で確かめてみないと解からない・・ だから私は日々
コツコツと「空」を体験しているんです 
これが私の瞑想に対する姿勢かなぁ

私たちは「空」から出てくる想念や創造された事象をマインドという
鏡に映してみています。鏡に映しだされた想念や事象に集中して
「自分とは何か」というのを定義しているのがエゴです

エゴが集中して自分を定義する時、自分だと定義しなかったものも
同時につくりだされます 
それが、分離であって ワンネスの反対ですね

瞑想して「空」を直接体験すると「空」は想念や事象のすべてを
超える何も無いものなので、マインドは何もないものを 
その鏡に映しだします

エゴも何かに集中しようとしてみても
「空」という何もない無限の中で集中することは結局、
空に溶けて拡大してしまう(消えてしまう)ことになるのです

そして瞑想から戻ってくると、またマインドやエゴは 
想念や事象をつかんで何かに集中するのだけど、「空」を体験して
拡大しているので 以前ほどにはきつく 集中しないのです

だから「空」の体験を毎日繰り返していれば、日常において
も意識が拡がった状態で エゴが自分だと定義したものと
自分でないと定義したものを隔てる分離がなくなってくるのです

神様のお話の中に こんな話があります
ある日、クリシュナが ダンスをしたくなり 踊り出しました 
そうすると、それを見ていた牛飼いの女の子達が
「私たちも クリシュナと一緒に踊りたい 」といって
大勢 集まりました 女の子が大勢いたので困ってしまった 
クリシュナは 自分の体を 全員に分けてそれぞれの女の子と
楽しく踊りました 神様のお話というのは、
人間が到達できうる意識の状態のことを話しています

クリシュナは自分でいながらも無限に拡がった意識状態だったので
みんなとも踊れたわけです クリシュナは、無限に拡がる意識
すべてでもありましたが、それでいて、波の1つ1つでもあった訳です

自分でありながら すべてでもある 意識状態が、
ワンネスであり自他一如です この意識の状態に到達するために「空」を
マインドやエゴが直接 体験しなければ意識の集中から抜けることが
できないので ワンネスの感覚をハートは漠然と感じることはできても、
マインドとエゴは経験することは できないのですね

こんな意識の状態(ワンネス)を体験する その為にも、瞑想して
マインドやエゴを「空」に 毎日 ひたしているのです
思い込みや想像ではなく 実体験していく事が、瞑想です

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