| セラピストもヒーラーも知らない トルコ編 |
こんにちは みのりです
「空」は心のもっとも深いところを超越した 創造のすべてを生み出した 「何も無いもの」 探せば探すほどマインドの焦点が当たり消えます。
パソコンのマウスを使って 必死で探してください 「空」は消えます。 消えます 消えます 消えます。 ここクリック→http://www.1satori.com/kuu.html
最近トルコを旅行してきました 今回の旅の感想 「変化するということは なんて美しくて楽しいことなのだろう」
神戸のこたつで みかん 食べてた みのりが イスタンブールの船上でサバサンド食べてることも変化
一面 緑の草原をながめていた みのりが30分後 真っ白な雪景色をながめていることも変化
ホテルのお風呂でのんびりくつろぐはずが、船の欠航で ホテルに到着できず 安宿の毛布にくるまって寝るのも変化
変化というのは何も自分にとって都合の良い変化だから 楽しいのではありません
ただ 物事はすべて移り変わりゆく それだけで充分楽しいことなんだなぁ と味わうことが出来た旅でした
「何も無い」からこそ 永遠・無限で存在しうる「空」に対して この宇宙に創造されたものはたえず変化を続け 永遠・無限であることは できません
果てしなく続くシルクロードであっても・・ トルコの大地に拡がる地平線であっても・・ いつか果てます
たえず変化し続けるものは 変化して形を変えてしまうので マヤ(幻想) といいます
マヤは幻想ですが、「永遠に変化し続ける」ということにおいて 真実なのですね
この宇宙は変化しない永遠の「空」と変化を続ける「幻想」この両方で 成り立っています。どちらか片方でも真実をとらえていることにはなりません
私は仕事柄どうしても「空」の話をするので 変化する幻想である「マヤ」に ついては どこかなおざりになっていましたが、今回の旅行は変化するものの 楽しさを 充分感じて味わえました
かつて、私はこんなに変化を楽しめる人ではなくて どちらかと言えば 自分を 取り巻く環境が変化することを恐れて 躊躇するタイプの人だったと思います
はじめてアルバイトした時など、バイト仲間と半年間挨拶以外話しませんでした はじめて彼氏が出来た時も、半年間まともに話しませんでした もっとひどかったのは、小学生の時、クラスが変わったというだけで 給食の時間は泣きじゃくり何も食べられませんでした
でも、それも変化します 高学年になれば、給食おかわりして なんか元気な子供でした(笑)
バイトの時も彼氏の時も、あまりにもしゃべらないので、皆が心配していたの ですけど、それも、半年後変化して、なんと、職場内でも一番しゃべって 話題をさらっていく人でした
(この時にしゃべらない私を多くの人がとがめずに温かく 見守ってくれたから ある時 心を開いたのだと思います)
極度の人見知りかといえば、そうなのでしょうね 変化することに慣れるのに時間がかかるタイプでしたから 当時は 「無口な私」 「おしゃべりな私」 どちらかが「本当の私」 どちらかが「偽者の私」に違いないと思っていて、いったい私は何者なんだろう? と この極端な自分に疑問を感じていました
ただ ただ 私は変化していくものであり、それでいて変化しない「空」でも あると・・当時この真実を 理解していたならば、 変化する自分のことも 「おかしな奴だなぁ〜」と「空」の私で 愛してあげれば 良かっただけなのにね
「無口な私」も「おしゃべりな私」も「何もない空の私」もすべてが私です
ただ変化していく世界を 変化しないものを知りながら 楽しんで生きる こんな単純なことを 当時は難しく考えていたのかもしれません (だって 瞑想 なんか 知らなかったんだもん )
瞑想している人の中で「変化がなくてつまらない」って言う人いますが
今日の朝食 パン食べて 明日おかゆ食べて、もしも その変化を 楽しめる自分がいたら 今日の朝食 パン食べて 明日も同じパン食べて、 それでも、塗るジャムが変わって その変化を楽しめる自分がいたら それはなんて楽しくて幸せな事でしょうか 些細なことでいいんです
日常に目をむけてみて下さい 変化する世界はなんて美しくて楽しいのだろうねぇ。感じて・・気づいて・・
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