瞑想ホーム
セラピストもヒーラーも知らない イジメ編 
今回は今、話題になっているイジメのお話
人は皆、目に見えない 無意識のプラカードを掲げています
もちろん これはその人が持っている ある種の観念に基づく波動です

いじめられる子の掲げているプラカードには こう書いてあります
「私は愛に値しません どうか罰して下さい。粗末に扱って下さい」と・・

いじめる子はそのプラカードをみつけて、ここに自分のストレスを出して
いきます 書いてある通りに、粗末に扱います これがイジメですね
そして、いじめる子も 必ずどこかでいじめられています 兄弟(姉妹)や親に、
そして、その親もまたその親や会社の上司にいじめられてストレスを溜めています

人は多少なりとも皆、このプラカードを掲げていて そして、世の中には
ストレスが溢れている限りいじめが無くなる事は無いでしょう

幼稚園、小、中、高、短大、専修、社会人、イジメはいつも身近で見かけました
特に小・中学校の時は、私は気が弱かった為、どうやってイジメや意地悪を切り
抜けていくかそんな処世術を学ぶ為 大切な時期だったように思います

当時は、子供なりに、必死だったけど、今から考えると 映画のような感じ、
実際には コントでした(笑)

小学生の時は、よく床に倒れこんで、死んだフリや気絶したフリして、
いじめっ子をかわした記憶があります 

いじめっ子 「ごめん・・死なんといて〜」って・・

みのり心の声(大丈夫に決まってるだろ 茶番劇だよ茶番)
     
泣く時は 必ず先生の前で 泣いたし(時にウソ泣き) 
  
部活は 料理クラブで 当時、高価だった肉を持って来る役目を 毎度 
無理矢理 押し付けられていました。ある時、腐りそうな肉を持って行き
これも気が弱くて、毎度、親に買って欲しいと言い出せずに だまって自宅の
冷凍庫のミンチ肉を持って行ったら、古かったんです

出来上がった ハンバーグは本当に まずかった!! 

それ以降 私は高価な肉係から降ろされました。嗚呼♪めでたし めでたし♪

この頃は、直球でせまってくるストレスに いつも 変化球で返す術を学んで
いたように思います 直球で勝負すると 気が弱く力もなければ 
必ず負けちゃいますからね 弱いなりに やられっぱなしでは無かったよ

やったり、やり返したりしながら、本当にイジメってくだらないと気づくだけの
余裕が残されていた 良き時代だったのかもしれませんね

今はイジメも 昔とは比べ物にならない程、ひどいし、自殺する人が多いですけど、
死んでも終わりじゃないって理解して欲しいですね

日本人の多くが 漠然と持っている死生観は「死んだら無になる」です
これは、ブッダの悟りの境地から語られた仏教の死生観とも言えるでしょう

悟りの境地からすれば、私達の本質は、空意識であり、今世や過去世、来世が
あり、魂が転生するという死生観自体が幻想(マヤ)となります

悟りの境地から、転生や過去、来世など幻想(マヤ)について、熱く語っても
意味が無いのです 実際に、ブッダは転生の有無に関しては語らなかったとさえ、
伝えられています

ブッダが語らなかったから、日本に伝わる 仏教の教えでは、死んだら無になる
転生は無い という説が、一般的なのですね

啓発の境地を 啓発してない普通の人間の境地に当てはめて解釈してしまった
だから、魂や、転生が無いと思い込んでるのが、多くの日本人の持つ 死生観です
親も魂の事や、輪廻転生、などを子供に教えて話すケースは少ないでしょう

実際には、私達は啓発している訳ではないですから、ブッダのように、
カルマから自由ではない状態で死んでも、肉体が無くなるだけで、恨みや、
苦しみ、悲しみは続きます 次の肉体が見つかって解放のチャンスがやってくる
まで 魂と一緒に残ります 

また次回、肉体を選ぶ時にも、恨みや苦しみ、悲しみを感じきって解放しようと
するので、同じような境遇を歩いてくれる肉体(いじめられ、その痛みを感じ、
そして乗り越え、自分を尊重するという過程を経験できる肉体)を選ぶでしょう

魂からすれば、魂を磨くために、肉体に入り、幻想(マヤ)である世界を
リアルに経験する事で成長するから 自分で選択してきたのです 

本当に後になれば、笑える事って人生には多々ありますよ
特に瞑想しているとそうです 過去の悲しみや辛い出来事はコント
メルマガのネタです(^_^)

瞑想の「空」の経験は、起きている出来事から離れて観る「第4の意識」と
呼ばれるものです

物事から離れて観る事が出来ない時は 1つの感じ方や捉え方にしがみついて
人生が深刻ですが、そこから離れて、物事を観る事ができれば、あとは、
起きた出来事に対して、自由に物の観かたや感じ方を選択できるのです

今日 書いた 「腐れハンバーグ事件」にしても、「泣きまね死んだフリ茶番劇」
も 当時は、辛くて怖い出来事だったんです

読んでいる人には、そんな風に伝わらないかもしれません。 何故ならば、
自分でもすでに、今、辛かったとは思えませんからね。
振り返って感じる事は、私の人生、面白すぎ・・ってだけです

これは、今現在では、当時の印象が瞑想によって消えているからです
すでに、辛い、怖いと感じた出来事の印象が「空」のより大きな印象によって、
消えている事、そして、第4の意識で離れて出来事を観る事が出来るので、
自由に過去を選択していて、その結果、楽しい思い出として この件に関して、
選択しているからです

今、苦しい事も 乗り越えられるからこそ、自分で その道を選んでいます
だから めいっぱい 一生懸命 生きましょう

セラピストもヒーラーも 知らない
すべての人が求める 「空」 の情報