| セラピストもヒーラーも知らない マインド vs ハート 編 |
今日はマインド vs ハート 編 で いきましょう
マインドというのは「考える心」「思考」と一言で言い表す事が出来ないもので 本来 心の内外の印象を映す鏡のようなものです 瞑想して「空」を直接体験していくと このマンインドの鏡がきれいになって 大きく広がっていくので、マインドが「感じる心」である「ハート」を映しだし てハートとつながってきます
マインドには今まで学習や経験を通して培ってきた成功や失敗のデータや知識 その人が持つ独特のクセなど沢山つまっています
大人になるにしたがって、多くの人が このマインドに先導させて人生をすすめ ていくので、いつの間にか、ハートの感覚に耳を傾けて人生を進めていく事を 忘れてしまうのですね そしてマインドに従う事が一番賢いやり方だと思い込んでしまいます ところが どっこい ハートというのはマインドの持っているデーターや知識 以上に賢く 私達を幸せに導く大きな知性と繋がっています
だから瞑想してハートがどんどん開いてくると心の中に葛藤(マインドvsハート) が起こってきます 葛藤が起きてくるって事は ある意味でハートが目覚めて きている証拠でもあるんじゃないでしょうか?
このマインドとハートの葛藤が起きてきたら、私はいつも このふたつに 時間をとって問答させています この問答はヘタな漫才コンビを観ているより よっぽど面白いですよ
マインドのおしゃべりは頭の中の思考として ちゃんとはっきり聞こえます それに対してハートというのは言葉にならない言葉 「感覚」として感じます あるいは、「静寂の声」をきちんと聞いている そんな感じです
数年前エジプトに旅行に行った時の マインド vs ハート の面白い話をひとつ
そのツアー旅行には オプショナルツアーとして最終日に アブシンベル神殿ツアーがついていました 値段は3万円 添乗員さんの話によると ・アブシンベルはエジプト旅行の 大きな みどころ ・飛行機を使って行くので前もって予約を入れないと行けません ・申し込みの予約は3日後に締め切ります ・座席を確保してしまうために 一度申し込みをすると いかなる理由でキャンセルしても申込金の3万円は返金できません
という お話でした 貧乏旅行の私にとっては 3万円の出費は痛いな〜と 思いましたが、それ以上に このアブシンベル神殿とやらに行ってみたい と 素直に思いました
マインドは「行きたい → ツアーに申し込む → 行く」と当たり前の正論を 考えていました
それに対してハートは「行きたい → ツアーに申し込まない」と突拍子もない 言葉にならない感覚で訴えてきました
(以下 マインド vs ハートの 会話)
マインド 「冗談じゃない・・エジプトまで来てたったの3万円を 惜しんでこのチャンスを逃す気?」
ハート 「もっと安くで行ける → 行きたい → 申し込まない」
マインド 「え〜っ??どうやって?? まぁ探してみるけど?どんな理論があるというの??」
そこで・・ハートの訴える 安くいける方法があるのかと探してみましたが どうしても見つからない
マインド 「やっぱり無理だよ 見つからない」
ハート 「行きます 申し込まない」(この一点張り)
マインド 「訳 わかんない 筋を通してよ ハート」
ハート 「筋 通してる」
こんな マインド vs ハートの 葛藤の中 ツアー締め切りの時間がやってきて 迷った挙句 一か八か 私はハートの言いぶんに賭けてみた
ツアー客のほとんど全員が申し込みをした中、私だけは「アブシンベルへ行きたい」 と公言しておきながら最終期限日に 申し込まないというオカシナ選択をした
「申し込まない」と決断した私が アブシンベルに行く道は閉ざされたまま 時間は経過し いよいよ明日はアブシンベル行きとなった前日の夕方
私のマインドはハートの寝言を聴いたばかりに せっかくのアブシンベル行きを 逃してしまった事をしょげて後悔していたのですが ここから奇跡が起こりました
夕食の隣の席には同じツアーの男性が座りました。彼はいつも奥さんと一緒なの ですが、その日に限って一人だったので、「奥さんはどうしたのですか?」と 声をかけてみました
すると、「奥さんが病気で寝込んで 明日のアブシンベルは二人とも行けなくなった、 看病して部屋で過ごします」と話しをはじめた この時 はじめて、ハートの 訴えていたことがマインドに理解できたんですね
マインド 「(これだぁ〜)」
私 「それなら、アブシンベル行きの飛行機のチケット 私に安くで譲って欲しいんですが・・」
男性 「よろこんで・・こちらも助かります」
晴れて翌日 私は 念願のアブシンベル神殿の見学に破格の安値で行ったとさ・・ めでたし めでたし
マインドはいつも もっともな正論を私たちに訴えてきます このマインドの 出来が悪かったら そもそも 人生をマインドに先導させる人などいないでしょう
それに対して、ハートはいつも 理屈じゃないフィーリングを通して 私たちに 何かを訴えてくる ハートは 理屈ではない何かを知っていて 私達を最善の 方法で幸せに導こうとしている
この時 どうして私は マインドではなく、ハートの訴えに賭けたのかと言うと、 マインドとハートが葛藤する度に問答させ 最終的にはいつもハートに従った方が 結果が良かったからです
やってみる → 結果を見る → 判断する これは単なる学習なんです
私のマインドは 「どうやら、ハートは 賢くてマインドが知らないことを 知っているようだ」という事を 少しずつ 学習をはじめていたのですね だから賭ける際に マインドよりもハートを選んだのです
瞑想者の多くが、このハートの感覚が育っているにもかかわらず いつまでも マインドに人生を先導させているとしたら・・
それでは いつまでたっても、マインドがハートに従えば成功するって事を学習 しません これは筋肉を鍛えておきながら全然 使わないのと同じで もったい ないですね
小さな事から ハートに先導させると どうなるか試してみる経験が必要なのだと 思います 本当にびっくりするような事を ハートは知っているので それにマインドは驚く事でしょう 驚きながらも 学習にはめっぽう強いのが マインドなのでデーターを蓄積してくれます「ハートはどうも かしこいぞ・・」 ってデーターです
私のマインドはいつもハートの訴えに「冗談じゃないよ!!そんな事 出来っこ ないよ!!」と啖呵を切りながらも 最後には従ってくれますね マインドとハートは ケンカしながらも仲良しの漫才コンビみたいで面白いです
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