まくあけ

今日は
LINE@に頂いた質問から行ってみよう♪

(頂いた質問)
使ってるマントラはラブマントラです。
夢についての質問です。

・家に帰ると台所が根こそぎ無くなっている夢
・亡くなった父の運転する車の助手席に私が座っている夢
父は無言で笑顔でした。
・自宅のインターホンが鳴り、出ると外には大勢の人が押し寄せる夢で
何故か大人も子供も全員男性
・免許は現実には持っていないのに、単車でひとり旅に出る夢
…最近とても良く夢を見ます。中でも印象深い夢が以上です。

(みのりお答え)
この夢は1つ1つ見ていると知性の夢とは言えないのですが、
ラブ・マントラは知性的で、あなたが何に悩んでいるか、
そして、解決策を既に知っており解決するように動いているのが、
とてもわかりやすい夢なので、お答えしますね。
マントラって生き物です。
私はよく「空」は生き物って話をするのですが、
それが本当に自分の瞑想の体験の中でわかってくると、
面白いと思います。
本当に「空」が目覚めてくると「生きてる!」って
声をあげたくなるんですよね〜。

まず、この方の魂の切実な願いは、
自分の行動力や男性性(能動的な質)を試してみたい。
でも何かの大きな根深いストレスがあり、人生の前半は、
それがうまく発揮できなかった状態に長くいたと思うのです。
瞑想を始めた事は、人生の大きな転機。
マクアケです。「やりたいことやっていくぞ〜」と、
少し突っ走りたい気持ちでいます。

単車で一人で旅にの夢は、
魂の願望「突っ走りてぇ〜〜〜」です。
でも、夫と子供がいる(妻とかお母さんという役割がある)が
実際に起きてる事です。
ここにジレンマがあるから、夢を見ることで解消してます。
(母や妻の役割の象徴の台所がなくなってる夢・
夢の中では台所が無いからジレンマが解消されて突っ走れる)

亡くなった父の夢は、本当のお父さんの事でもあるけれど、
自分の男性性でもあるのです。

多くの瞑想者の親が亡くなる時、笑顔で亡くなります。
死んだ親が笑っている夢を多くの瞑想者や、親戚が見ます。
これは、残された人に大きなやすらぎを与えますね。

1つは、瞑想することで、血縁関係のストレスにも
働きかけていますので、実際にお父さんは成仏してます。
もう1つは、
「あなたのお父さんの男性性は、
まんざら任せて悪いものじゃないよ・・」
と知性は、言いたいのです。
(これがないと、自分の男性性への信頼に繋がりません)

生前に「お父さんはひどい奴だった・・」と誤解があるならば、
ここは、ものの見方を変化させておきましょう。
(それが自分の男性性への信頼にもつながるし、もっと言えば、
ご主人への信頼にも繋がるのです)

仮に、ご主人が「俺に任せて安心していいよ・・」と、
言ってくれるタイプに見えていたとしたら、
この夢は見てないのです。

(今現在は、不安を与えるタイプに見えているのです)
夫婦間に問題があるはずなのですね。
だから、自分が夫のかわりに「突っ走りたい・・」
これもあると思います。

女のあなたが、ほっと安心や安らぎをくれるような
男性が家にいないのです。
(本当の我が家にも、自分自身の中にも男性がいない)

本当に、ご主人がこの先、変化しないのであれば、
離婚を考えないといけないかもしれません。
でも、ラブマントラを受け取って瞑想してるのです。
多分、将来は、この問題は解決して、
家庭も仕事も子供も全部、円満を取ると思いますよ。
愛は宇宙をつなぐ糊(のり)のようなもので、
分離が消えて、繋がっていくのがラブマントラの特徴ですから。

小さな自分の考えの中にいると、
家庭の円満と自分が男並みに仕事でバリバリ活躍することは、
両方取れない・・と思っているのですね。
(だから離婚かも?につながっちゃう)
ラブマントラは、知性的で賢いから、
家庭が円満であり、仕事でも突っ走れる。
この両方を取る方法をすでに知ってるのです。

ラブマントラは「今、離婚しろ!」とも「突っ走れ!」
とも言ってないのです。
自分の気持ちが焦って突っ走りたいだけなのです。

今やることは
「外には大勢の人が押し寄せる夢で何故か大人も子供も全員男性の夢」

これですね。
「男を招き入れろ!」なんですね。

根深いストレスで抑圧していた制限が外れたところなので、
まだまだ圧倒的に男性性が弱いのです。あなたが素敵だと思う
男性のお手本が深層意識に少なすぎるの。

 

「空」が浸透していて目覚めが起きていると、
夢を意識的に操作が出来ます。これは、悟り(目覚めた意識)
の上級者が出来ることなので、
まだ瞑想はじめて間もない段階だと、
難しいかもしれませんが(出来ないで当たり前でOKです)

仮に、今度、同じ夢見たら「玄関を開けてみよう!」と、
強く思っていてください。
すると、瞑想をしっかりしていたら、
玄関を開けることを許すでしょう。

 

マインドはこの時、色々考えます。
「知らない男を家に入れちゃダメだ」とか(笑)

全部、夢だから、入れていいの。

知性が今したいことは、
自分の中の男性性を強化したいのです。
もしも、夢で出来なくても、瞑想していたら、
自然に男性性が強化されていくでしょう。
「空」が知性を持って動き出す質の事を「シャクティ」と言いますが、
その人に今、必要な事を自動的にしていきます。

あなたに今、必要なのは、圧倒的な男性性の強化です。
仮に、それが自分の中に統合された時、
頼りなげにみえるご主人が、
頼もしい人に変化している可能性が高くなります。

そうしたら、離婚する必要はないのです。
自分の中の男性性の素敵な象徴がご主人になるので、
ご主人の先導が安心できて、
ご自分も突っ走る事が出来るのです。
家庭もうまくいきます。

 

これは、
非常に面白い 生きた瞑想の体験なのですが、
これが、瞑想歴が間もない方に起きてる事に、
私自身がとても、びっくりしており、
面白く拝見させて頂きました。
ご質問に感謝です!

次回12月12日(日)瞑想伝授&瞑想会に
1名キャンセルが出ました。参加したい方はどうぞ!

瞑想みのり

 

 

ダルマな関係 3

こんにちは
瞑想みのりです。

前回のブログ。
さっそく、受講生さんで
実践された方がいて、
しっかり結婚相手らしき人を見ていました。

知性の目も、使わないと、
自分が目覚めていることすら分かりません。
(知性からしたら、何も問われてないのに、
教える理由がないからです)
だからぜひ試してみてくださいね。

もちろん、
現実に会うまではそれが正解なのか、
わかりませんが、私が見てる限りでは
ほぼ100%に近い形で登場しているので・・
たぶん正解だと思いますよ!

 

このような、後に現実になる知性の事を
「リタム」と言います。

来年度は、
具体的な悟りや目覚めの話が
多くなると思います。

悟りというのは
覚醒体験のような奇抜な体験として、
時に、エンターテイメントや
集客のネタとして
使われる事がありますが、

これだと、
自分の頭で何も考えない人。
社会から逃げるために悟りを求める人。
楽して大きな結果を得たいと思うなまけもの。
どこかに英雄を創り出し、
その人に救ってもらおうとする依存的な人。
こんな人達の
心に響いてしまうのです。

これだと集客すればするほど、
しんどい瞑想会になると思います(笑)

そして、この時、
本当の悟りからは、遠ざかります。

 

本当の悟り(目覚めの体験)というのは、
たった1度の覚醒体験の事ではないからです。

地道な瞑想での「空」の直接体験により、
起きてくる知覚の変化を伴う意識の目覚めです。
地味だけど、確実にジワジワと起きるのです。

毎日毎日、目覚めているので、
何度でも何度でも
日常的に起きてくる経験の数々で、
年月が経過すると、
いくらでも事例を出せるのです。

本来の瞑想の
「空」の直接体験とは、

瞑想する事で、
愛があって、豊かで、
賢い人になっていくものです。
自分の活躍する世界で、
社会にもっと出ていくものです。
だから、
成長を望む生徒さんと楽しく
瞑想会で集えたらと思ってます。

 

皆さんの悟りの体験、
目覚めの体験の認識力を
増していけたらと思います。

前回のブログから
私も自分自身の事で、
色々、気づきがありました。

 

今世、
私は自分が子供を産むことも
育てることも諦めました。
妊活の後の方が、
気持ち的にかなり、
しんどかったからです。

 

だから、この先、
パートナーを持つとしても、
子供を持つ事は、視野に
入れてませんでした。

でも、この間の
過去世のピアノをひく夫と子供の
ビジョンからすると、

パートナーの意志によっては、
子育てをしたり、
血縁関係が無くても(養子などでも)
ダルマでつながってる魂って、
あるのかもしれないと・・
そんな事を思うようになりました。

 

仮に、そういう展開になれば、
2人の気持ちがピッタリと一致する形で、
特定の子供の魂がはっきりと、
分かるだろうなと思います。
(私なら分かる)

もしもこの魂が、年上であれば、
義理の親の可能性もありますね。
どちらにしてもダルマはダルマ。
そんな事で、未来を考える時、
視野には、夫だけでなく、
子供も入れておこうと思いました。
(・・と言いながら、一生独身ならウケる)

また、私の魂は、
奉仕活動というものが好きな
傾向があるのですが・・

 

今世は、
奉仕活動なんて全然したくないのです(笑)
これも、悪いことではなくて、
魂のしたいことも
少しずつ進化するのだなと気づいたのです。

 

昔は、
ブッダが兎に転生した時の話を聴いて、
何度も泣いていました。
京都の永観堂の見返り阿弥陀を見ても、
一番底辺の人をいつも気にかける
阿弥陀さんの姿に泣いていました。

これは、感動の涙ではありません。
「私には、こんな事、
出来ない。ゴメンナサイ」
という、自責の念で泣いていました。

今思えば、泣かなくて良かったんだ!
私の魂の進化だったのです。
ブログを書いてみて、
初めて気づきました。

底辺に転落してしまった人を
救う事だけが奉仕ではなくて、
そもそも、普段から、
底辺に落ちないことが
前提ではないでしょうか?

 

成長を望む人のお手伝い。
これが奉仕でいいのです。

 

自分も色々と気づきがあり、
過去世リーディングも
面白いなと思いました。

 

ダルマな関係かどうか?を知りたい場合は、
信頼できるヒプノセラピストさんなどを
探して訪ねてみて下さい。
色々なヒントが出てくると思います。

瞑想みのり
次回の11月の伝授&瞑想会は満席になりました。
12月12日(日)伝授&瞑想会は、あと4名です。

瞑想みのり

マハラクシュミの飲み物

 

ダルマな関係

こんにちは
瞑想みのりです。

次回から数回に分けて、
悟った人を見分ける方法の話ですが、

その前に・・
7月にクリシュナ・マントラを受講された方の
瞑想体験談を頂きましたので、UPします。

今回は、
失恋がきっかけで瞑想始めた
女性の体験談ですね。

年月を経て、自分への信頼感が増して、
パワフルになっていくのを
体験談から感じてもらえたら良いなと思います。

瞑想体験談 女性

瞑想は、心を強くしますね。

「えっ? わたくしですか?」
心 めちゃくちゃ強いよ。
自覚あります(笑)

みのりの秋なのでベリーのリース

体験談の方も、失恋して、傷ついて、
そのままの心をほっておかないこと。
それが良かったね!
なぜかと云うと・・

 

歳を重ねて思うことは、
「心が擦れている人が多いな〜」と、
思うわけです。

「え〜こんな(歪んだ)
受け取り方をするんだ・・」
って、不思議に思うことが、
大人になるにつれて、
遭遇する機会が増えるように思うのです。

 

これは、長く生きてると、
人を擦れさせるような出来事を
沢山、経験するからでしょうね。

 

そして、傷ついて、その傷ついた心で、
他の人たちの事も判断するからでしょうね。
でもそれって、傷だらけのガラス窓ごしに、
世界を見ているようなものです。

例えばひどい異性に出会って、
傷ついたとしたら?
その後、出会う人、
皆がひどい異性に見えてしまう。
(ほんとこういう事、ありますね。辛いね)

でも、そう見えてしまうのは、
自分の心が傷ついてるからで、
正しく相手を見ているわけではありません。

目の前の人が、
「ただの良い人だったらどうする気だろう?」
「運命の人だったらどうする気だろう?」
「その後の人生を大きく変えていく
キーパーソンだったら、どうする気だろう?」

 

自分の心が傷ついて擦れたままでいると、
賢くすべてを見ているようで、実は、
チャンスを見過ごしてしまうのですね。

だから、
自分が何度、傷ついても、その傷を早く癒す。
傷のない心の窓から世界を見る。

これ、とっても大事です。

結婚や恋愛でもダルマの関係を選びましょう。
(その関係がダルマなのか?
カルマなのか?またこの話も追々したいと思います)

簡単には、素直な心で相手を見る。
善なる相手の意図を見る。
(反対に、善なる相手の意図がどこにも
見つからない時は、すぐに去る)

そして、相手と自分を信頼する事です。

 

「人と出会う原則は、善であるべきです」
これは、TM瞑想のマハリシの言葉だったかな?
ごめん見事に忘れている。

私の大好きな言葉でした。
(なのに・・見事に忘れてる)

「善であるべき」
この善という言葉が、硬すぎて、
人は間違えて捉えてしまうのです。

善の意味は、ダルマ(自然の流れ)です。
これは、私は、瞑想から
(タラ・タントラの経験から)
教えてもらいました。
(タラ来年から教えま〜す。楽しみです!)

でも、多くの瞑想を知らない人は、
善を、これみよがしな善い行いだと思ってるのです。
「ほら!やってやったぞ〜どうだ〜!」
みたいなね。

もう全然、違うよ。
心が硬い時点で、それ善じゃないの。
摩擦を生んでる時点で、それ下手するとカルマね。
そんなものなら、やらないほうがマシだわ。

 

善(ダルマ)って、
自分がやったことすら忘れてしまっている
そこに摩擦とか、見返りがない行為の数々なのです。

一緒に笑ったとか、歩いたとか、
元気に手をふったとか、
一緒に花をみてキレイだねと思ったとか、

 

「これがどうしたというのだ?」ってくらい、
とにかく忘れているような心温まる行為の数々の事です。

ダルマって、さりげないけど、素晴らしいの。
こういうものを大切にしてくださいね。

次回の伝授&瞑想会は11月14日(日)
奈良@学園前です。
新しい人達にお目にかかれるのも楽しみにしてます。

瞑想みのり 

 

不思議な話が普通にできる

この日曜日は、瞑想会でした。
関東からも伝授に
参加された方がおられて、
本当に感謝しています。

なぜ遠方から参加してるのか?
これもちゃんと理由があるのです。
私は、あと10年は、
この瞑想の仕事、続けますよ。

 

皆さんを、
連れていきたい境地があるので、
ちゃんとついてきて下さいね。
10年と言っても、月に1回の開催なので、
120回程ですね(笑)あっという間ね。

エビチリソースにした

今日のランチは、リクエスト頂いて、
エビチリでございました。
あとは、冬にはよく作る里芋まんじゅう。
葛粉であんをつくりました。
枝豆は、兄夫婦が伊豆高原で
自然農をしてます。
そこから送ってもらいました。

 

自然農の枝豆はとにかく、
素朴な味がします。
旨味の意味では、
品種改良されたものの方が
美味しいと感じるかもしれませんが、
素朴な豆の味がするので、
「こういう味を忘れてはいけないな・・」
「これが純粋な豆の味なのか・・」と、
思いながら食べてます。

味噌汁は、白きくらげ入れました。
あんまり皆さんには
馴染みがないかもしれませんが、
私も馴染みありません(笑)

 

でも・・
私の好きな人が、
東洋医学や漢方の勉強が好きみたいで、
こういう薬膳的なものも
将来、何かのお役に立てればいいなと思って使ってます。
(やっぱり、みのりの場合は、
男が・・からんどったか!!)

 

今日の瞑想会も楽しかったです!
瞑想会では、
不思議な話が普通に出来るのですが、
それが「スピ系」と言われる話とは、
またちょっと違うのですよね〜。

瞑想の「空」の経験の場合は、
人間の普通の能力が目覚めていく事だから。

誰か一人だけが経験する事ではなくて、
皆さんに 普通に起きてくるから、
知っておくべき知識、対処法を瞑想会で、
共有する為に話すという感じなのですね。

また、追々、書いていきますね。

初めての方は、
ラブマントラから
半年間をこれで瞑想します。

では次回の伝授&瞑想会は
11月14日(日)奈良@学園前です。

FBグループ内の
無料のオンライン質疑応答&瞑想シェアー会は、
10月29日(金)21時〜と、
11月26日(金)21時〜です。
ZOOMを使います。
(間違えて10月が抜けてしまいましたので、10月も開催します)
またFBグループ内でお知らせしますね。

 

FBグループのコメント欄での
質疑応答はいつでもどうぞ。

ライン@での質問は、
ブログ内などでお答えしますね。
なんでもどうぞ!

瞑想みのりサイトにリンクがあります

ガキまっしぐら

こんにちは
瞑想みのりです。

昨日は、
奈良も地震で揺れました。
まだまだ揺れそうね。
でも大丈夫。

地震が怖い人は、
朝、瞑想する時に、
「今日の瞑想を大地の女神に捧げます」と、
伝えて、瞑想しましょう。

では、
前回の続きです。

いなばの白兎の話は、
古事記の中のお話で、
お恥ずかしい話ですが、
物語をしっかり読んだのは、
今回が初めてでした。

でも、
それがかえって良かったと思います。

 

瞑想をする前に読んでいたら、
「話は知ってる」と思ってしまい、
深い意味も理解できずに、
終わっていたと思うのです。

帝国ホテルのラウンジにおいてある数少ない一般書は古事記

解釈は、あくまでも
瞑想してる私の感性、見解です。
これが正しい・間違い・・
という意味ではありません。

神話の中では、
何で白兎なのか?(人間じゃないのか?)
神様なのに、
性格が悪い神が登場するのはなぜか?
今日はこれを書いてみましょう。

 

白兎というのは小動物で、
成長していく意思があるけれど(白)
まだ発展途上の未熟な人間のたとえです。

人間は自由意志があり、
進化成長した時は、神を超える存在にもなるし、
(仏陀や阿弥陀・弥勒・タラ・観音などの仏様。
如来・菩薩と呼ばれる存在達の事)

 

反対に退化した時は、
兎なんて、カワイイものではありません。
畜生や餓鬼以下に成り下がる事も出来る存在なので、
人間でひとくくりにすると指し示す範囲が広すぎるので、
白兎を象徴に使ったのだと思います。

仏教曼荼羅図などを見ても、
神の上に唯一存在しているのは、
仏様です。

 

人間だけが「空」を経験することで、
神を超える事が出来る可能性を
持っている存在なのです。

 

神・精霊の世界は、そこが楽園なので、
どこか別の道に向かう理由がありません。
素晴らしい世界ですが、6つの道の中の
1つでしかありません。

 

また人間が生きる6つの道も死んでから、
経験する道の事だと思っていましたが、
そうではなくて、
今世に同時に存在しているのです。

私は、家電メーカーに
勤めていた事がありますが、
週1で旅行気分で飛行機で出張し、
お給料も出張手当も高く、
至れり尽くせりでした。

 

でも、そのかわりに、
他の家電メーカーとの競争、
ガス会社との競争、
正社員と派遣の間の競争は、
いつも身近で、
繰り広げられていました。
「サラリーマンの世界も、
阿修羅の世界(戦い続ける道)なのか!」
と、感じていました。
でも、阿修羅はまだいいです。

 

ニュースをつけると、
昔の出来事を理由に、
国や日本企業を相手に、
賠償金を要求してる人たちもいます。

同じく、理由もなしに、
年老いた親の年金や
国の補助を搾取し続ける人たちもいます。

 

これ、餓鬼の世界ですよね。
(無いと叫んで搾取する自分では生み出さない道)

 

瞑想して仏様の世界(悟りの世界)に行くはずが、
餓鬼の世界にまっしぐらみたいな人、
時にいますが(笑)

何か・・道を踏み外してます。

すべては、
生まれ変わった後に転生する世界の話ではなくて・・
6つの道は、今世に同時に存在しているのです。

ちなみに、餓鬼の世界の事を
「人からほどこしてもらって、
おいしいな〜快適だ〜夢みたい」と、
と思っていたら・・その夢は叶うでしょう。

来世には、アフガニスタン?
ロヒンギャ難民? 
どこかしら?

「夢が叶う」って・・そういう事なのです。
かわいそうな人ではなくて、
夢が叶った人達と見てあげないと。

理由なしの生活保護や、親へのたかり、
ニートを私がおすすめしないのはこのためです。

 

長くなったので、次回は、
神様なのに、
性格が悪い神が登場するのはなぜか?

これについて書いてみましょう。

​​明日日曜日は、伝授&瞑想会です。
楽しみにしてます!

次回の伝授&瞑想会は、11月14日(日)です。
(@奈良学園前)

瞑想みのり サイト&おみくじ

 

 

発達していく神意識2

こんにちは
瞑想みのりです。

オリンピックも終わりましたね。
無観客であったのが残念でなりません。
馬術もっと見たかったです。
フランスのオリンピックの頃には、
コロナも収束してるといいですね。

今日は、発達していく神意識の
つづきを書いてみたいと思います。

最初のステップ 
ラブ・マントラでの、
「分離感がなくなる体験」
について、書いてみたいと思います。
このマントラは、不思議なほど、
分離感がなくなるマントラですね。
喧嘩とか消えてしまいますよ。

「愛は世界を繋ぐ糊(のり)」とは、
TM瞑想のマハリシの講義の中での言葉ですが、
非常に 素晴らしい例えだと思いますよ。

神意識(例えば、旧マントラであれば、
プロスペリティや加速マントラなど)
でも分離感は、なくなりますが、
じゃあ、ブラフマン意識の分離感がなくなる体験と、
どう違うのか?

これは、体感としても、
大きく違うので、書いてみたいと思います。

神意識の状態は、
人間の5感覚が神のような精妙な知覚に変化して、
世界を見ることです。

視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚・この5つが変化します。
実際に受講生さん達の体験を挙げてみましょう。
(私の体験は沢山、過去ログにも書いてますからね)

●都市ガスのガス漏れに気づいた。
誰に話してもガスは出てないと言うが、
確実にガス臭いので、ガス会社に電話したら、
本当にガス管が、
劣化してて穴があいておりガス漏れしていた。

これは、嗅覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

●土砂降りの雨が降ってきたので、
ベランダの洗濯物を取り込もうと思って、
ベランダに出たら、外は晴れていた。
雨が降ったのは、夢の中の出来事だったのかと、
その時に気づいた。
夢がリアルすぎて、現実と見分けがつかなった。

これは、触覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

●欲しかった不動産を買う事になり、
銀行の融資もおり、売主との交渉も終わり。
契約成立を喜んでいたら、
売主が、心変わりして「売るのをやめよう!」
と言ってる事に夢の中で気づいた。

仲介業者も、売買が成立したので、
どんどん交渉を進めていたが
(私だけが、売り主が断ることを知っていて)
案の定、売主は、断ってきた。

これは、聴覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

これらは、オカルトチックな話ではなく、
普通の人間の能力なのです。

最近、私は
「悟り」というものが、
普通の人間のあたりまえの体験として語られる時が
到来したのかなと感じています。

ブッダ(おしゃかさま)自身は、
自分の事をブッダとは、
決して言わなかったそうです。

(ましてや・・崇(あが)めてほしいなんて、
これっぽっちも思ってなかったと思いますよ)

ブッダの意味は「目覚めた人」の意味ですが、
周囲の人が「目覚めた人」と呼んだだけで、

おしゃかさま自身は、
自分の事を「タターガタ」と呼んだそうです。

タターガタは
「ありのままのものを、ありのままに見れる人」
の意味で、
おしゃかさまは、悟りとは、
「人間の普通の状態だよ」と言いたい訳です。

同じく、
ヒマラヤのヨギの伝統の中では、
脳の色んな領域を使っていくことを、
「シッディ」と呼んでいます。

「シッディ」は、超能力と訳されてしまいますが、
違う違う。ヨギが訳すると「超普通の能力」を意味します。

脳の使ってない箇所が、まだまだ沢山あり、
「ありのままのものを、
ありのままに見れていない状態」なので、

それを普通に使っていこうね!と
いうのが、瞑想の「空」の経験です。

だから、普通の事として、
上記のような知覚の変化が誰にでも起きてくるの。

悟りとは、世界は、何も変わりません。
自分の認識が変わることです。

曇りだらけの歪みだらけのメガネをかけて、
世界を観ていると、
世界は、曇りだらけで歪みだらけです。

悟りは、黄金の眼鏡から世界を見ること(神意識)
虹色の眼鏡から世界を見ること(ブラフマン意識)

人が自分と同じ世界を観てると思ったら、
とんでもない大間違い(笑)

瞑想者は、世界と、よろしくやってるよ!

長くなったので、本題に入れないままに(笑) 
また続き次回書きますね。

 

この月曜日は、
FBグループで無料のオンライン瞑想質疑応答あります。

9月の伝授&瞑想会は、
9月12日(日)ですね。

瞑想みのりサイトはこちら