あいで布を染めるように

こんにちは瞑想みのりです。
昨日の痛ましいニュース(総理大臣の訃報)は、
私の住まいから駅2つのところで起きました。
ご冥福をお祈りします。
この後、お線香と水をあげに行ってきます。

私が死者に対して気にしてることは1つです。
死んだ事を本人が知ってるか知らないか、ここですね。

仕事中に、背後から撃たれてますから、
「もう仕事をしなくていいんだ」と、
そして「安らかに眠ってください」
これを周囲の人が伝えてあげることが大事ですね。

またこの話も追々。
では、今日は瞑想初心者の人に向けて書いてみました。

ここ数年、
藍染の布巾を使っています。

買って良かった物ベスト5に入ってますね。

何が良いかって、殺菌効果があると思います!
(それが実感できますもの)

夏場、布巾が濡れたままでも臭くならないのです。
そして、すごい速さで乾きます。不思議だわ!

藍染のお話は、
瞑想の「空」の経験にも例えられます。

「空」の経験は、
最初は瞑想中に起こります。
認識できない「からっぽ」ですが、
エネルギーに満ちており、
創造のすべての力がここに詰まっています。

「空」は私たちの本質であり、
性質としては、平安や至福感、静寂で、
誰もが生きている間には経験したいと
思うような心地よい体験です。

 

けれども、
瞑想中に得た「空」のこれらの性質も、
瞑想から戻ると、日常のストレスにまみれて、
かき消されてしまうのです。

 

おおざっぱに悟りをわかりやすく
説明するとしたら、
この瞑想中の「空」の経験が、
どんなにストレスにまみれようとも、
働こうとも、走ろうとも、世界で何が起きようとも、
瞑想中だけでなく、日常の中でも消えないで残り続ける事。

これが「悟り」と、
定義する事ができるでしょう。
皆さんは、ここを目指してくださいね。

世の中のストレスから逃げて
瞑想だけして生活すれば
空の平安が消えずに悟れるのか?といえば、
これが大間違いなのです!
それは、ただ単に
「瞑想を人生から逃げるために使っている状態」
なのですね。

筋肉を鍛える時と同じで、
ストレス(負荷)をかける、
そしてリラックス。
この繰り返しで質の高い筋肉が育ちます。
負荷だけでも、リラックスだけでもダメなように、

空が日常に定着するためには、
なんと日常のストレス(負荷)に、
さらされる事が必要なのです。
瞑想してない時の活動が
空の日常的な定着(悟り)に欠かせません。

藍染と同じなのです。
最初、布を染料にさらしても、
布はすぐには染まりません。

染めるためには、
水で何度もさらして、そして日光にあてます。
すると、せっかく染まったはずの染料は、
落ちてしまうのですが、
この落ちてしまう工程が必要不可欠なのです。

せっかく染めたはずの染料が、
水や日光にさらすことで、
落ちてしまう。それでも少しだけ、
布に残る染料があるのですね。

それは、
言い方を変えると、どんなに水や
日光にさらしても残る強い染料です。

藍染にはそれが布に定着していく必要があるのです。

 

瞑想の空も同じです。
瞑想をして平安を得る。
そして、日常に戻り、ストレス(負荷)にさらされる。
すると、空の平安は吹っ飛んでしまうのですが、
これを何度も繰り返していると、ストレスにさらされても、
残る空が微量ながらあり、
それがどんどん日常の中に定着していくのですね。

 

染料が、どんなに水でさらしても、日光にさらしても、
青色に染まって取れない時、藍染が完成する訳ですが、

 

瞑想の悟りも同じです。
どんなに、世界で何が起ころうが、
日常でストレスにまみれようが、
いつも平安がある。至福がある。静寂がある。
この状態になる時が悟りです。

簡単に言うと、瞑想からは出てくるけれども、
「空」からは出てこなくなる。この状態が悟りなのです。

これは、もしも瞑想を辞めてしまったとしても、
空がいつも日常に溢れている状態なのです。

 

ここも藍染と同じです。
青く染まるまでは、簡単に落ちていた染料が、
一度染まると、今度はどんなに
「元の白い布に戻してください」
と言われても もう戻らないでしょ。

これは、悟りの知覚の変化そのものです。

一度、空によって、
認識力が拡がり知覚の変化が訪れると、
「元に戻して!」と言われても・・
もう元に戻りませんから。

瞑想というのは日々することは、地味な作業ですが、
確実に、空の平安を日常にもたらします。
私たちの心や身体、精神状態、
そして知覚に変化をもたらし変えていきます。

瞑想みのり