「落ち込み」じゃなくて「押し込み」

今日は 正しい瞑想 と プチうつ状態 について
「瞑想すると 普段より ますます落ちこんで 暗くなる・・」 という人が たまにいます。

この状態のことを 私は「落ちこみ」と呼ばず 「押しこみ」と 呼んでいます。
この「押しこみ」は 瞑想をはじめた初期の 人や加速マントラ あたりの人、
長期 瞑想中など、より深く「空」に入って いく瞑想会などでも おこります。

この状態を 間違っても、「自分は病気か?うつ病か?」なんて 判断しないで下さいね。

正しい瞑想=睡眠よりも2~3倍深い休息です。
「空」を体験するというのは、 心が休んで 安らぎ そのものになることです

面白いことに、英語で病気のことをdisease といいます dis(無い)ease(安らぎ) 「安らぎが無い」という意味ですね。

心と身体が休んでまず最初にすることは、「機能を回復しよう!」
「もとの正常な状態に戻ってバランスをとろう」 とすることです

自然治癒力が 最大限に発揮されている状態が 「空」を 直接体験している時 なのですね。
ですから、瞑想が原因で病気になってしまう ということは
自然の摂理からしてあり得ないのです。

では本題・・ 瞑想して気分が落ちこむ というのは 何が起きているのかというと、
自分自身の内側により深く入っていって 根深いストレス、役に立たなくなった 思考パターン、
記憶など 本来の 自分ではないものを 手放している時です。

これらのゴミは出ていくときに 想念に乗っかって出ていきます。
瞑想中、沢山の想念が出てくるのは 瞑想がうまくいってる証拠。

ゴミの運び屋が想念(雑念)だからね。

沢山の想念が 出ているとき 人は何か一つの考え、
それも 自分の 馴染みがある考えにしがみついて 安定しようとするのですね。

だから、瞑想すると その人が よく馴染んだ思考パターンとか 心のクセが 沢山 目立つのです。
嘆きクセや 怒りグセ 自分を責めるクセ、 昔の 大きく傷ついた出来事など 人よって様々ですが、 どんなくせに しがみついていても
それは出ていくべき「ゴミ」です。

押しこんでいる時、 大切なことは、そのクセを 自分だと思い込んで、
自分を責めたり、裁いたり、自分を取り繕わない・・
そのままの 自分でいる ということです。

このプチうつ状態は、ゴミが通り過ぎてるだけなので、 必ず 抜けていく状態です。
だから もっと 押しこみましょう!!
ゴミが出ていくと、本当の意味で 自分の中から出てくる 想念そのものが 純粋で 
力強くなってきます。
瞑想を実践して、ゴミが取り除かれることで出てくる思考は、 もっと自然で 
調和的な思考 なんですよね。
あえてポジティブとか プラスとか言わなくても、 違和感がない プラス思考って 
よいと思いませんか?
本当のプラス思考というのは、 想念の質 そのものが変化して
宇宙の流れと 調和してくることを 言うのだと思います。

好きになっていい

小学校の時の話です。
噂で聴いて 名前だけ 知ってる モテモテの 男子○○君が 
隣のクラスに いました。
あるときの クラス替えで 新しい同じクラスに ○○君が 
来るって噂が 流れてきました。
その時 小学生の 私が 決めた事があります。
「○○って・・いったい どんな子だろう?
そんなにモテる子だったら クラスの 女子全員が ○○の事を 
好きになっても  私だけは 絶対に 好きにならないでおこう」 って・・(笑)
そしたら なんと 噂の○○君の 席は 私の隣。
「これが 噂の○○か・・ 絶対に 好きになるもんか~~~」
と思っていたら、 1日で 陥落。
かなり抵抗したのに 好きになってしまった。

そして 月日が 経過して・・ 誰かを 好きになる時の 
パターンってあるよな~ と気づくように なったんですね。

必ず 最初に 「絶対に 好きにならない」と誓って 抵抗して 
好きになる。 好きになったら 好きになってしまった 自分の事を 
責める って パターンです。
何だこりゃ? これって・・・
「大好きな人を 嫌いでいる 誓い」 ですよ(笑)
どうして私は こんな誓いを立てる必要が あったんだろう?
大人になって 解った事ですが  
子供の頃 母と父は よくケンカしてて 私は 母から父の悪口を 
よく聴かされていました。 母の愛を 得るためには 
父親を 嫌いでいないといけないと 子供心に 思っていたわけです。
父の事を 好きだと 思ってはいけないし、 表現はしては いけないと・・・。
そして 人を好きになった時、 好きな人の中に 
父親を 投影していたんだな~と 思います。
恐ろしい話です。
パートナーの悪口を 子供に話す親をみる時、
本当に その代償を わかってて欲しいと いつも思います。
パートナーが とんでもない相手であっても
子供にとって そのとんでもない 父と母は
愛を表現する事ができる 最初の人物なのです。 

好きな人の事を 好きと 思っていい。
好きと 表現していい。 自分の気持ちに 抵抗しなくていい。
こんな 素直な 「好き」 の気持ち 歪めないで 欲しいですね。
ちなみに この○○くん 今も やっぱり 好きですよ~
好きなものは 好きですよ~。
そして 父の事も やっぱり 好きですよ~ 好きなものは 好きですよ~。