「空」は創造の源

こんにちは みのりです
お久しぶりの 近況報告ですね

瞑想祭り楽しかったです

バリ島に ヴィラが持てるようにと お願いしました。
バリ島ってとてもエネルギーが 気持ち良い所です。
ここで 瞑想できたら最高だと思いますよ。

瞑想で具現化って まるで悪いことのように思ってる人も
いるみたいですが、瞑想を長く続けていると 
この認識が間違いだと すぐに分かります。

空(創造の源)と、
シャクティ(空が動いて知性の触手を伸ばしていく様)が 
大きくなる時、結構、簡単に具現化が 起きてしまうからです。

生徒さんの中でも どの人が沢山 思い通りの創造が
起こるか(起こらないか)観てると分かります。
自分が 創造主なんだという 責任者になって下さいね。

望んだ具現化が 起こらないのは 
●時の経過が必要な時 
●自分が 本心で欲しいと創造を願ってない時
●自分が NOの創造をしている時

これだけなんですよね。

感覚のものなので、
うまく伝わるかどうか 分からないけれど、
私が何らかの創造を望んだ時、
大きな空があって そこに放った 創造したい事が波紋を広げて 
シャクティとなり、現象界に 拡がっていきます。

その時に 必ず その波紋が 大きければ大きいほど、
マインドが その大きさに合わせて 崩壊していくことが 
余儀なくされるのです。

自分が 変わらないといけないんです。
変わろうとしない人 そりゃ無理ですよ。

簡単には 固定観念が崩れていく体験があったり、
違った物事の見かた 行動が出来るようになったりと、
マインドに 大きく変化が 起きるって事ですね。

私は この体験を 楽しいと思っているし、
これを 成長だと思っているのです。

だから 大きな具現化が 好きなんですね。
わざと大きなお願いを投げて 既存のマインドの崩壊を楽しむ。
こんな感じです。
小さい具現化は 自分が変わる必要がないから つまらないのです。

思うような具現化が 起こらない人達を見ると、 
小さいマインドの中に そこに収まるだけの 
小さい空と小さいシャクティがあるような感じに 見えるのです。

これは 自分を変化させる 必要性がないのです。

今年の瞑想体験は 「大きな海に溶けていく」
そんな体験でした。

どうも 私は 来年に向けて 私は 崩壊を 余儀なくされるのです。

さてさて 来年の今頃 どんな感じになってるのでしょうか?

今は わからないです。
怖くもあり 楽しくもあります。

それでは 今日も 瞑想楽しみましょう

ソーマは 若返り 不老不死の ネクターです

紀元前1200年 インド最古の聖典 リグ ヴェーダの中にも 
不老不死のネクター 「ソーマ」について書かれています。

聖典の中では 詳しく示されているので
それを読んだ 学者達は どこかに「ソーマ」があるはずだと、
色々推測して、ありとあらゆるところを 探しまわりました。

けれども どうしても見つけることが 出来なかったのです。
そこで、 ソーマー = 理解不可能。
まぼろしの不老不死の秘薬 とされてしまったのですね。

どこを探しても 見つかるわけがない
幻の不老不死のネクターが、自分のからだの中にあり

ある特殊な体験でつくられる なんてね〜

ある特殊な体験とは もちろん「空」を直接体験する 瞑想の事です。
ソーマは 私達のからだの中 脳の中の間脳 (視床下部など重要な器官が 
沢山ある場所です) この中の「松果体」という器官で生成されます。

通常ソーマーというのは 体内に一定量 決まってあり、
赤ちゃんの時が一番多く、年を取るごとに 減少していきます。
しかし「空」を 直接体験することで ソーマが 生成されるので、
瞑想を続けている人は 実際の年齢よりも 若くみえる人が 多いです。

余談ですが、このソーマーを 皮膚の表面に残す為に
顔を洗ってから瞑想することを 薦めているのです。
瞑想の体験談の中でも  お肌の調子が良くなったと 感想をあげる方もいるのは
このソーマの 生成によるところも 大きいと思います。

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風と共に去りぬ

この間 映画祭で 観てきました。
月日が 経過すると 昔 TVで観た時とは 違うものが みえてきますね。 
そこが 映画の 面白いところ。

映画は 同じでも 観てる 自分が 変わった。名作だと 思います。
ビビアン・リーが 演じるスカーレットは
利己的で 我儘で 自分勝手で気性が激しい。
けれども 容姿が美しく 男性の 注目の的なんですね。
こんな スカーレットにも 手に入らないものがあります。

自分の愛する人は メラニーという 平凡な女性を選んで 結婚してしまいます。
メラニーと スカーレットは 性格が真逆ですよね。
スカーレットは メラニーを最初、嫌いだと 云うけれど・・

私も昔は嫌いでした。
メラニーは 平凡で人畜無害で嘘っぽいと思ってましたけど・・
今回は 一番 惹かれたのは スカーレットじゃなかった。
メラニーに 心打たれましたね。

心が美しい って 平凡のようで 非凡であること。
ずっと物事の 純粋な側面を 見続ける事が 出来るって・・
出来そうで 出来ない事。

そして 心の美しさは長い年月をかけて
人の認識を 変えてしまう力が あるのです。

「こんな 心の美しい人はいない」と 言われるほど
メラニーは 心が美しい女性 なんですね。
嫌いといってる スカーレットを 慕い続ける姿や、
自分の夫を チャンスをうかがい 取ろうとしてる スカーレットの事を 
擦れた目線じゃなく 純粋に見ようとする姿。

スカーレットを 裁く事なく人殺しの 方棒を担ぐ姿も・・。

スカーレットという どうしようもない じゃじゃ馬が
メラニーの 心の美しさで 調教されていく。

スカーレットは 自分が 歪んでいるために 
身近にある 愛を 素直には 受け取れません。
その認識を 正してくれたのも メラニーですね。

ほんと 心が洗われる いい映画でした。

魔性の女

以前、勤めていた会社に 信じられない位、モテ女 Mさんが いました。
後にも先にも これだけモテる女性は見た事がありません。

奥菜恵と滝川クリステルを足して2で割って、
もっと柔らかくした感じで、私より、一回り 年下でした。

一緒に飲みに行けば、デザートやら、おかずのサービスは あたりまえ。

毎週、取引先の男性のメアドは 最低、2つ は交換してましたし、
展示会のモデルの コンパニオンの女性 よりも 
カメラ小僧から 人気がありました。

何でこんなにモテるのか?
観察してみると、とにかく表面上、間口が 広いです。
これだけモテると、敷居が高くなって、 男性は近寄り難くなるのが 
普通ですが、

「誰でも 拒絶しないで受け入れますよ~」 こんな感じを 醸し出すのが、
とても上手で、 世の男性に「おれでもイケるかも?」と感違いさせる
天性のテクニックを 持っていました。

実際には、イケないんだけどね~(笑) まさに 魔性の女です。

Mさんは 2年前に彼氏がいましたが、 一番、恋愛の楽しい絶頂期に、
彼女がした 小さい過ちが原因で この彼と突然、
破局を迎える事になってしまい、
彼にとっても 失恋でしたが、
彼女の過ちが、どうしても 許せなかったのでしょうね。
この昔の彼、A君は、同じ職場の 違う部署にいました。

その後、彼女には、星の数ほど 出会いがあり
いつも誰かと 浮いた話がありましたが、 彼女のハートの中には、
この昔の彼、A君がずっと居座っていました。

だから他の誰とも 長続きしなかったのです。
頭(マインド)だけなら、すぐに別の男性に 切り替える事は 可能です。
けれども それが、ハートでも すぐに出来るとしたら・・・

ハートが壊れているか、もしくは、ハートに全然、 誰も入ってないから 
出来るだけです。
ある時、A君が、海外転勤で会社を去る事になり、 Mさんは この話に動揺して、 「行く前に もう一度、話した方がいいかな~」 と悩んで、相談してきました。

多くの友人の 意見は、
「Mさん位、モテたら もっといい話は 沢山あるから ぶり返す必要はない」
でした。

でも 私は 違うな~と思いました。 A君がこのまま海外にいってしまうと、
Mさんのハートの中には 長い間、この絶頂期の楽しかった時の 幻想の彼が 
居座り続けます。

そうしたら、どんなに間口が広くても、素敵な男性が登場しても 
彼女のハートに入る隙間がなくて、チャンスを逃す可能性があると 思いました。

もう一度、話すのは またつきあう為じゃないです。
幻想を消して 現実を見るためです。

A君は ステキな男性だったかもしれませんが、
彼女を許せず 度量が狭かった訳です。

「こんな男が ハートに ずっと居座って どうするねん!」
これが 私の意見でした。

Mさんは この話を聴いて「彼と話す」と決心しましたが、
彼の部署の前に行くと、怖くなって「やっぱり出来ない。止める」
この繰り返しで、A君が仕事を辞める最終日になってしまいました。

「こりゃイカン」と思った みのりおばちゃん(私)は、
ズカズカとA君のいる 部署に突入。
「すいませ~ん A君 出てきて~ Mさんが 話あるねんて~」 と 
大声で叫んじゃいました(笑)
Mさんは 私のこの大胆な行動に わなわな震えて 走って、逃げ出したけど・・

結局、2年ぶりで、A君と言葉を交わした。
「彼と、最後に話せて良かった・・」と、震えながら言った Mさんの姿は、
魔性の女ではなく、ただの純粋な 恋に傷ついた 少女の姿でした。

そして、話した後は 気持がすっきりして、思ってた程、
気持ちが揺れない事に 気づいたと 云いました。
幻想の彼じゃなくて、今の本当の彼に触れて、
ハートから 彼が出ていってOKなのだと 確認 出来たんです。

ハートから勇気を出して、幻想を追い出す事も 時には必要です。

特に恋の場合は つきあう為だけに 人と出会うばかりじゃありません。
幻想を追い出す為に 出会う事だってありますよ。

そしてめでたく 魔性の女 復活(笑)
今では、新しい恋を受け入れて 2児の母です。

加速マントラ

加速マントラ それは、歴代マスター達でさえ 使えなかった 宝石

今日は 加速 リジェネレーション マントラ のお話
加速されたマントラシリーズは 「神」のための食べ物 ソーマを 
沢山 生成する マントラになります。

ソーマは、若返りのホルモンで 間脳の 松果体で生成されます。
私達の知覚を 神のように 精妙に 変化させていきます。
このマントラは、歴代のマスター達も 生きていた時、
時代のせいで 秘密に隠されていたので 使えなかったマントラです。

この世界に 創造されたものは、例外なく、創造・維持・破壊 というサイクルを たどって 変化を 続けていきます。

人間も創造(生まれて)維持(成長して)破壊(死んでいく)
そして、その残りもの やり残したことから また同じように 
このサイクルを 繰り返す。

同じようにこの 私達がすむ 宇宙や 地球も例外なく、
創造(うまれて)維持(進化して)破壊(終わり)・・
そして その残りものから また同じような サイクルを 繰り返す。

永遠のものは、それらをうみ出した「空」だけで
そこから、何か創造されていく もう一つの側面は
例外なく 永遠の「変化」を たどっているのです。

地球のサイクルというのは、私達、人間のサイクルからすると
とてつもなく 長い期間で 変化しています。

そのサイクルの中でも、サティユガ・カリユガという 上昇期と下降期があり 
何度も 繰り返しながら 進化していきます。

ユガとは、「時期」のことで、
サティユガの サティ は「真実」
カリユガの カリ は「いつも争いが絶えない」 の意味。

サティユガは 地球がまだ きれいだった時期 太古の昔。
カリユガは 地球が汚染されていった時期。
今現在。 カリユガになると 私達は 自分の本質を忘れて
魂はカルマ(ストレス)を 積み重ねていきます。

この時期は、人々は完全に自分が 魂であったことを 忘れてしまい、
肉体が自分だと 思い込んでしまっています。

そして、何か 外側にある 物質や出来事で 自分が満たされると思っている 
物質至上主義の時期です。

ハートーマントラをはじめとする、ビジャ・マントラに 関しては、
実際に マスター達も生きてる時に 使って、 弟子達に 多くの恩恵を与えた 
マントラでもありますが、 カリユガが進んでいく この地球の流れの中で、
忘れ去られてしまい 結局、1千年以上の間は、 一般には 教えられていませんでした。

それにもまして、加速マントラ シリーズは カリユガに 移行してからは、おそらく一度も 一般の人が 手にできる形で 世界に出たという 形跡がない
幻の マントラです。

仏陀が生きていた時代でさえも もうすでに 隠れて使えない状態であったと 
言われています。

仮に、間違った時期に世の中に このような貴重なマントラが 提供されても

私達の 未発達な意識の状態では、 全く理解する事が できなかったでしょう。
体験としては 「加速」の 名前の通り、 カルマ(ストレス)の 解放が早い。
そして 空のもっと深い領域(サーマヴェーダ)から来ている マントラなので、
私達の心を「空」の深くに 引き込みます。
明らかな 体験の違いがありますね。
そして 沢山のソーマが生成されるので、脳が活発に動いて 松果体から

沢山のソーマが 生成されて 胃にたまっていくのが 体感としても 理解出来ます。
━━━━━━ 編 集 後 記 ━━━━━━
今日は、加速マントラのソーマについて 触れましたが、
人間が 神のような知覚に 変化していくのに 欠かせない ホルモンです。

続けていると 長い年月をかけて 神の知覚を理解していく事が出来ます
簡単には・・・ 人間 と 神の違いは 認識 出来る範囲の差 です。

人間は 具体的で はっきりして はじめて 「わかる」 という。
神は  精妙ではっきりしなくても 「わかる」 という。
加速マントラの 大きな特徴は 私たちの「五感のすべてが 今までとは 変わってくるよ」 です。
よく 「神は すべてを お見通しだ」な~んて 云いますけど・・

あれ 本当だと 思いますよ。 だって人間が 加速マントラ使っても ソーマによって 五感の変化する兆候、 起きちゃうんだから。
表面だけでなく、全部が、聴こえて、見えて、触れて、嗅げて・・
これが 神の知覚 なんでしょうね。
この能力の事を 私たちは 超能力 と呼びますが、
これを ヨギ達は、人間の持っている普通の能力だと
「超普通の能力」と 呼びます。

 

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知らないうちに 手放してる

手放す事 について書いてみましょう。
雑念を手放せない これは瞑想中によく起きる体験です。
瞑想始めても すぐに 日常の出来事を考えてしまって、
それだけで 30分の瞑想が終わってしまう事も 多々ありますね。

それでも きちんと「空」を体験して、身体は 深い休息を 取っています。
雑念が無くなる事はありません。
肉体はカルマの集大成ですから  マスターの瞑想の体験でも雑念はあります。

「雑念がないな~」 というのも 雑念(思考)ですからね。
この雑念に乗って、内側のストレスが 出て行くので、
雑念は ストレスが出て行く 媒体として 瞑想では 
必要不可欠です。

私たちのマインドは 何かに つかまりたいので、 具体的なものを掴みます。
ちょうど 部屋を見渡した時、 沢山のインテリアや机やイスに目が いきますね。

その時は だれも 「空気がある」とは 認識していません。
空気があるにも関わらず 何かに目が奪われる時、 空気の事を 気に留めていません。
瞑想中も同じです 雑念だらけの時  そこに「空」があることに 
だれも 気を留めないのです。

無い無い 「空」を体験してないと 言い張ります。
けれども 認識できなくても 「空」はいつもあります。
雑念だらけで退屈な時、余裕があれば  雑念に 焦点を合わせるのではなく、
「空」(クォンタム・フィールド)の中の 流れを探そうとして下さい。

雑念に焦点を合わせるのか 流れに焦点を合わせるのか どちらかの違いです。
どちらでも 構いません。 どちらでも構わないと書いたのは、
雑念だらけだろうが なかろうが  瞑想が作用しているからです。

手放す事は 自動的に 自然に 起きてきます。
その証拠に よ~く 日常を見て下さい。
そして 久しぶりに 誰か瞑想をしてない友達と 出逢ってみてください。

半年 1年ぶりに 友達と出逢うと ビックリする事があります。
瞑想してない人は  半年前 1年前と 同じ心のクセを持ち、
同じ悩みを 話します。

これは 瞑想者からすると ビックリする事です。 「まだ 手放してなかったのか~」(笑)と・・
半年、1年前に ずっと居るのです。
瞑想者は 今に居て ずっと流れているのに・・話かみ合わない。

こんな感覚を 受ける事も あるでしょう。
こう感じる時、自分は 何かを知らない間に 手放している事を 
自然に 理解するでしょう。

手放す事は 難しくない。自然に 起きてしまうから。
雑念だらけは 何かを手放している まっ最中なんですよ!!