「成就」を知るものは 成功者より「成功」しています

ある著名人の パーティに行った時の
お話しです

本を沢山 書いている人で、
好きな仕事をしていて、
お金持ちで、友人もファンも 沢山いる
世間一般的に「成功者」と 呼ばれている人でした。

私は、この人の著書が好きで 
一度 成功者とやらに 逢ってみたいと 
好奇心を 持ったのですね。拍手喝采の中、登場した成功者に向かって、

その時、思わず、心の中で 
私がつぶやいてしまった言葉が、
これです。

「どうしよう 私 この人に 勝ってしまった!」

口に出してたら、

周りの人に 「どこがやねん♪」 って 
突っ込まれてます(笑)

実際に、その成功者に 年収、友人の数、住んでいる家、
衣服、持ち物、すべてにおいて 

私は どう 考えても 明らかに、負けているでしょう。

けれども これらの世間一般的な
「成功」と 言われているものは、

すべて、死ぬ時には 
置いて行かなくてはいけない質のものなんですね。

それに比べて、私が持っているのは、
心の深いところからやってくる 
「空」の平安や 静寂です。

これらは、
死んでも 持っていける質のものです。

すべての点で、客観的に見ると、
負けているにも関わらず、
何故か、持ててしまう このゆるぎない自信(笑)

これが「空」なんです。

世間一般的な「成功」を 
否定する気持ちはありません

私も 好きですよ!

けれども「成功」っていったい 何なのでしょうね?

「空」において得れる「成功」は 
世間一般の「成功」と 呼ばれるものとは 
質が異なります。

何かを成すから、得たから
「成功」するのではありません。

すでにそのままで「成功」しているのです。

これが「成就」と呼ばれるものです。

「成就」とは 世間一般で言われる
「成功」と呼ばれるすべてを

努力して、時には 楽しみながら、手に入れ、

それでも尚、たった一つだけ、
まだ手に入れてないと気づく
類のもの かもしれません。

何もしなくても そこに在る 
それが「成就」ですから

心の外側で 何かを成す事、
得る事では無く 内側にあります。

そして、この「成就」を知っていれば、
それこそが 本当の「成功」だと 
私は思います。

青い鳥

現在の パートナーと まだおつき合いを 始める前の話 です。
最初の印象は まあまあ だったんだけど、
色々、 話しをするうちに、あまり乗り気では なくなり、
「この人は やめておこう」と 思った 時期があります。

友達としてはいいんだけど、
やたら馴れ馴れしくて、 チャラチャラしてて、

「こんな人と 大事な時期を迎える 私が、
深みにはまっては大変」と 思いはじめて 
つきあうのやめようと 思った時に 観た 知性的な夢です。

私が虫除けの 蚊帳の中にいて、安全で 守られていました。

そこに 蚊帳を抜けて 虫が1匹 入ってくる夢でした。
そこで 私が 「危ない!」と思って、
殺虫剤を探して、シューっと虫を殺そうとした瞬間。
虫だと思っていたのは 
胸に怪我を負って包帯を巻いてる
オレンジの 小鳥に変わりました。
直観的に・・彼だ と思いました。

蚊帳は「自分の付き合う相手は こうあるべきだ」って
決めてかかっている フィルターです。

それがある事で、私は 安全に守られている状態を 表します。
けれども この蚊帳を超えて入ってきた 
オレンジの鳥は、 私の知ってる固定観念の範囲では
まるで 虫に見えるけれど、違うんだよ。
傷ついているかもしれないけど 虫じゃないんだよ。
と示唆をくれる夢だと 解釈しました。

その夢を観た瞬間、
私は180度 態度を変えて、 彼に 優しくなりました。

その時、思った事は 鳥は 自由に 飛ぶ事が出来るのが
長所でもあり 短所でもあります。
いつ 蚊帳の外に飛んで行ったとしても、
それを止める事は 出来ないし、自由です。
どちらにしても 今、怪我を負って、
私のところに来ている 虫ではない存在(小鳥)であると、
とりあえず、とどめを刺してはダメで、
優しくする事にしました。

4年の月日が流れて・・
この間、二人で京都に 歌舞伎を観に行った帰り。
夢を観ました。

私が 両手を広げて 伸びをしていたら、
手のひらに 青い鳥がとまりました。
直観的に 同じく 現在の パートナーだと 思いました。
嬉しかったですね。
オレンジの鳥だった パートナーが 
年月を経て 青い鳥に 変化していた事です。
おかしい事に 若くて 綺麗な青い羽根で はなくて、
皮膚病みたいに、ところどころ 毛が抜けた
病気チックな 青い鳥でした。
でも・・・青い鳥に かわりはないから まっ いいか。

オレンジは 単に 恋愛の初期であり、
肉体的な つながりを 主体として表します。
けれども 青は もっと 精神的な状態を 表しますし、
多くの人が 幸せの象徴として 青い鳥を 認識しています。

彼の中で 私に対する みかたが 
年月を経て 変化してきたって事だと 思いました。

最近は 彼の態度が 悪態は 相変わらずですが、
いざという時は、優しくなったように 思います。

鳥は自由に飛びます。
だから 鳥を生き生きさせたいと思えば、
籠の中に 囲い込まない事です。

あまり 彼の自由を束縛した事は ありません。
私も 自由を束縛する人は ダメですから。

瞑想の「空」の浸透によって観る 知性を帯びた夢は、
観るのは ほんの数十秒ですが、
そこには すべての知性が 凝縮されています。

そのままで  何をすれば良いか、
何をしてはいけな いかを 一瞬で 伝えるし、 
理解が出来ます。

囲わなくても、自由があるところに 鳥は とどまる事。
月日を経て 変化していく事。
すべてでが そこにあります。
パートナーが スピリチャルな人では ない事が
私としては、不満に思っていましたが、
彼なりの 精神性を 備えてきている事も
夢を通じて知る事が出来て、微笑ましく思えた 夢でした。  

後は もうちょっと 羽根の具合が・・よくなれば・・

龍宮城のお宝は ゆっくり持ち帰ろう

「空」は時間を超えた「永遠」
浦島太郎のお話し
あれは「空」の話だと思います。

浦島太郎は カメに連れられて 龍宮城に行きますが、
亀って、マントラ そっくりです。
心の乗り物「マントラ」に乗ったら最後、
「空」に簡単に 到着してしまいます。

そして、「空」は、まだ創造が出てくる前段階なので、
ここにずっととどまり、マインドの知覚が 変化してくると、
「空」のすぐ上では 知性やマントラが 
活発に活動しています。

知性も青をはじめとして 様々な色があり、
マントラも様々な色、形、配列、独特の動きがあります。
この状態って、龍宮城(海の中)で 繰り広げられる
宴会の踊りに そっくりです。

そして、たったの30分の 瞑想なのに、
数時間か、数日、時には数週間、
あまりの長い時間の経過に 年を取ったのかと 
錯覚してしまいます。

実際には、ソーマが生成されるので 
若返っているのですが、 永遠の経験が、
年月の経過のように 感じられるのです。
(ソーマは 若返りの ホルモンの事)
これは、龍宮城が時間を超えた
領域にある事を表しています。

そして、あまりにも有名な ラストシーン あれだけ 
戻るまでは 開けちゃダメよと 忠告されたのに・・
開けてびっくり玉手箱(笑)

太郎は、おじいちゃんになってしまいます。

すでに 伝授を受けられた方は ご存じの通り
「空」を経験したら 時間をかけてゆっくり戻ろうね
守らないと、身体がえらい事になるよ

「空」の恩恵を すべて置いてくるよ って(笑)
まさに 浦島太郎の お話し「空」は龍宮城で
しかも 龍宮城から戻る時の 教訓つき 面白いね!!

※ 龍宮城の「空」の中の 知性のお話しは、
ある程度、 「空」に慣れてきた 加速マントラ以上の方が 
対象です。 瞑想 始めたばかりの方は、
今、習っている通り、雑念を手放し、
見えるものにこだわらず、瞑想していきますよ~。

 

怖れの先は・・

この間、
年1回の 定期健康診断に行ってきました。

私は 注射が大嫌いです。

毎回 注射の時は 看護士さんに手伝ってもらいながら、
「南無阿弥陀仏」と唱えながら、
いつ針をさすか分からないように、お願いして 
わめきながら、注射を終えます。

どうしてこんなに 注射が怖いのか?
それこそ、何かの記憶からくるものでしょうが、
とにかく怖い。

数年前に、どうしてこんなに怖いのか?と
突き詰めて 考えてみた結果。

怖いものって 究極的に、
例外なく、「死んでしまう恐怖」 
に 行きつきます。

愛されたいと思うのも 
お金が欲しいと思うのも
知恵が欲しいと思うのも

それが無いと
死んでしまう と思ってるからなんですよね。

私が 注射の時に、
南無阿弥陀仏 唱えてるのも、
注射で 私は 死んでしまう
と思ってるからです。

阿弥陀さんに 
お迎えに来てもらえるように 
唱えている訳ですからね (^^)
阿弥陀さんも 
注射の度に呼び出しされて 
かわいそうにね。

少しずつですが、注射で 死なないと 
理解を始めてる ここ数年の私です。

皆さんが 怖いのもは 何でしょうか?
突き詰めて・・何が起こるのか 観て下さいね。

人間は 死ぬ時までは 死なないから。

喜びを前に 止まらない

夏休みは 父、妹、甥っ子、姪っ子を連れて、
バリ島を 旅しました。
まず バリの印象ですけど 空気が柔らかく、
エネルギーが とても 心地よいのです。
アジアでは 一番 好きになりました。
時間がゆっくり流れて、独特の 空気感があるのですが、
この空気感が 南仏に 近い感覚なんですね。
また何度も 出かけることになるでしょう。

バリでは ハプニングも 沢山ありました。
到着すぐに 姪っ子が プールで溺れて、
翌日 甥っ子が溺れて、楽しむよりも 病院探しやら、
計画のすべてが 止まりました。
心配しなくても 大丈夫なのに・・・
私 以外は シリアスになってましたね。

申し訳ないけど 観てて ほんとバカバカしいのです。
人って、しょうもないことで 流れを 止めるのです。
これは 瞑想してると よく分かるんです。

ただ楽しかったり、豊かだったり、 喜ばしかったり、
幸せだったりすれば いいだけなのに・・

そんな事に 実は 慣れてないのです。

ここは パワースポットで、
日頃のカルマ(止まった動き・ストレスの事)を 出してるだけで 
それが終われば、完結。
そのまま楽しく、流れたらいいだけ なんですね。
カルマって 止まった動き の意味です。

受け入れきれない 悲しみや苦痛が 止まることが多く、
カルマになりやすいのです。
けれども 同じように 幸せってものも
止めようとするのが、人間なんだなと 感じます。

皆さん 幸せ 楽しみ 喜びを前に 立ち止まらないように!
人は 慣れてない時、止まって 受け取れない。
普通だと思ってることは 当然の権利として受け取れる。

いつも幸せである事 繁栄してる事
英知に溢れていることは 実は 普通の事なんだけどな~。
___________ 編 集 後 記 ___________
今年は アジア づくしです。
フィリピン 香港 中国 バリ タイ 日本各地を 
移動するように 
アジアを 移動できるようになりたいと思ってます。
きっと 将来、そうなるでしょう。
私は 昔、OL時代から「趣味は海外旅行」と 公言してました。
年に一度も 海外旅行できなかった時代に!!です。
将来、そうなりたかったから、公言してたんです。
今、実際に そうなってますね。
今の自分の状況は
「昔、自分が こうありたいと 思い、考えた事」
その通りになってます。 誰もが そうですよ。

恒産(こうさん)無きもの恒心(こうしん)なし

最近、同性で素敵だな〜と思う人がいました。
いつも私は、主婦に憧れているんだけれど(笑)
今回の 憧れの人は 働く女性。

最近、松本清張賞を取りました。
山口恵似子さんです。

普段は 社員食堂のおばちゃん。
けれども・・裏の顔が 作家。

このギャップが 
人間的に 面白い人だなぁ〜と。

食堂のおばちゃんの仕事は天職だと 
小説を書くことは 生きがいだと話していて、

仕事を持つことの意義を 
なんと・・食堂の おばちゃん姿で、
孟子の言葉を引用して話し始めたのが、
カッコイイ。

恒産(こうさん) 無きもの 恒心(こうしん)なし

ネットで調べてみたら・・ 
定まった財産や職業がなければ、
定まった正しい心を持つことができない。
物質面での安定がないと、精神面で不安定になる。
そんな意味らしい。

まさに その通りだと思います。

食堂の仕事に就くことで、ご自分が安定した事、
そして 生きがいである小説を書くことの 
土台になっていることを お話されました。

また ちらっと見えた食堂の献立も カッコイイ。

定食のバランスを考えるのって、
お盆という 小宇宙の中に 
栄養、味、見た目、色彩、
全部のバランスを取っていくわけで、

思考と計算、感性と 両方必要な 
知的な作業だと思います。

この人の 小説は 読んでみたいな。

そして 皆さんも 
日々のお仕事 がんばって下さいね。
会社経営や 会社勤めだけが 仕事ではありません。
出産や、子育ても 主婦(主夫)も お仕事。

私も 力が湧いて来ました。 
お仕事って、ありがたいね。