ヴァレンタインなので恋の話し2014年その2

(昨日のつづきです)
男前は、何かの要望に対して、形を創り出せる人達の事でしたね。

では、女性の場合は 創りだす材料をちゃんと、わたせる人。
そして、男性が創ってくれたものに、ちゃんと感謝が出来る人。

感じてることを表現できる能力と、感謝できる能力です。

これが、(男前の対としての)女らしさです。
意外だと思うかもしれませんが・・大切なのですよ。

創りだす材料とは、
自分の要求を感じられる能力です。
「お腹すいたとか、寒い、あったかい、
寂しい、嬉しい、気持ちいい、不快だ」とかです。

そして、これを女性が、表現することが、
材料を提供することになりますね。
この材料が わからないと、男性が 創造が出来ないから。

ここで、
「なんで女の要望を叶えないといけないのか?」
「女の我がままじゃないのか?」
という 疑問が出てくるかもしれませんが・・

うん。モテないくんだけは そう思う。

男性は 理論的に思考することが、女性より発達してます。
1+1=2 だから、2+2=4になる。
これを創造に置き換えましょう。

男性一人の創造は、
自分が感じて+取りに行く=欲しいものを得れて満足。

この得られるものは、答えは2や4だと、
思考して、察しがつくのです。

けれども、女性は 理論よりも感性が 発達していますね。

★%&#!”+#♡#∞∞×α = 楽しいね〜ラッキ〜♪

こんな感じ。
男性からは、理不尽に見えて、意味不明なのです。

けれども、この意味不明の感性を持った女性が 
創造の材料を渡すことは、

1+1=2 だから、2+2=4になる。

こんな創造だったところから、

★%&#!”+1 = うきゃ♪&測定不能♡

#♡#∞∞×α+2 = ルンルン♪&測定不能★

こんな化学変化が起こって、
簡単には、男性には予測の出来ない創造になり、
その時に、男性の感性が発達するのです。

だから、男前は、多かれ少なかれ、女性の要求に形を創る事が、
何かをもたらすことを経験から、知っています。
結果、ますますモテる。

別の言い方をしたら、男前にとって、材料を渡せない女性は、
測定不能の創造が起こせない訳で、致命傷になるのです。

測定不能の創造が起きて、その創造に女性が、
ちゃんと感謝が出来たら、お互いに嬉しいですよね。

創造って、
女性だけでも、男性だけでも出来ますけど、
組み合わさった時しか出来ない創造もありますね。

何でもかんでも、
「自分だけでやってはいけない助けてもらう」 
って、神様のはからいなのかもしれません。
全部、自分一人では出来ないから、感謝なんです。

この世界で創造的なものを観るのは 
大きな楽しみの一つだと思いますよ。

ステキな ヴァレンタインにしてくださいね。

 

ヴァレンタインなので恋の話 2014年その1

明日はヴァレンタインですね。
勇気を出して告白する女性はこちらをどうぞ!

人はある時、怖くても、勇気を出して、
伝えないといけないことってあるんです。
私でもありますよ〜。

怖いけど・・最悪、起こることって、
告白前の自分に戻るだけなんよ。頑張って!

では今日は、
ヴァレンタイン2014年版いってみよう。

朝、ご主人を 送り出す時の挨拶の言葉です。
もちろん、恋人にも使えますし、
遠くにいる場合はメールで伝えるのもいいですね。

簡単なので、毎朝の習慣にしちゃいましょう。

大きな声で「男前 いってらっしゃ〜い♪」
これだけです(*^_^*)

毎日、言ってると・・
どんどん男前になっていくのです。

今風には イケメンとなるのでしょうが、
男前は歌舞伎の掛け声ですから、言いやすいのです。

容姿ばかりが、最近、重要視されてますけど、
本当の男前は、何かの要望に対して、
形を創り出せる人達の事だと思います。

男女間では、
女性の本音や感性から出てくる要望に 
形を創る事ですね。

これが、仕事の中では、お客さんや上司、
取引先の要望に、形を創る事になりますから、
朝のあいさつは、仕事に直結するので、重要なのです。

自分の周囲に 自分だけでは出来ない創造が沢山、
起きたら・・(女から見たら)男らしいから 男前なのです。

反対に、女性の場合、男前を創るために必要な事は、

「創りだす材料をわたせる人。そして、
男性が創ってくれたものに、ちゃんと感謝が出来る人」
となりますが、これは また追々。(つづく)

神通力1

最近、自由な時間を多く持つようにしてます。
去年辺りから、また新しいシャクティの使いかたを
学んでるような気がしています。

ここまでくると、シャクティの呼び方も、
神様が通る道「神通力」が近いかな・・と思います。
試行錯誤の中にいるので、学びでは、
赤ちゃんの状態なのです。

瞑想会での質問や雑談、コミュニティでの書き込みから 
私は、新しいシャクティの使い方のヒントを得ます。
助けてくれるのは いつも、生徒さんだな〜と感じています。

映画 十戒の中で、
海が開いて道が出来る話がありますね。
このシーンは、
シャクティの通り道についての洞察をくれます。

思ってもみないところが、道になり、
それはとても自然でスムーズに流れる道である。

だから、道を通りたければ、時には、
思ってもみないところに立って歩みを
進めることもあるのだと・・。

これを「試練に立ち向かえ」とか、
そんな低次元の話でくくられるのは嫌なのです。
(だから、宗教は苦手なのです)
どちらかと言えば、一番自然で喜びの道を通る話
ですから、試練の真逆なのですよ。

知性は何かを知っているのです。
マインド以上に見えているから、
行き止まりの海の前に立っているのです。

同じく、あるヨギの自叙伝の中に、
マスターババジのお話があります。

ある人が「弟子にしてくれないと死ぬよ」
とマスターババジにすがりつきます。

ババジは 
「じゃあ この崖から飛び降りて死ねば?」と・・

弟子は 
即、飛び降りて死んじゃった(笑)

この話も、高度な神通力についてのお話なのです。
「ババジが 弟子を生き返らせた!凄いね〜!」
って話ではないのです。

弟子が 神通力を学ぶ準備が出来ていたって話なのです。

何故ならば、いつも神様は何かを知ってて、
人間が思ってもみないところを通り、道ができます。
これを理解してるから 崖に向かって歩みを進めた。

モーゼは 海の前に立った時、怖かったでしょうか?
ババジの弟子は 崖の前に立った時、怖かったでしょうか?

大きな創造が起こる時というのは、
私は とても怖いものだと思います。

けれども、神様の通り道は 何かを知ってて、
そこを流れようとするのです。 
だから 大丈夫。怖くないよ♡

マインドからすると、
海の前に立つモーゼも 崖から飛び降りたババジの弟子も
無知でおバカさんに見えるのです。

けれども、バカ呼ばわりせずに 見守ることで
「神通力」と呼ばれる新しい知性が
育ってくるのではないでしょうか?

妬み、嫉妬は 呼び方を変えると楽に解放できる2

これは 私がまだ瞑想を始める前の話ですね。
当時、私はある天使と仲良しで、
エネルギーを繋げて、よく遊んでいました。

その当時、
私には 腹の立つ 大嫌いな人がいたのね。

男女共に一人ずつ 
あまりに 嫌いで 腹が立ち過ぎて、 
天使に この二人の事を 話した事がありました。

すると いつもこんな答えが返ってきました
天使「まねろ~♪ まねろ~♪(笑)」

私「はぁ?尊敬する人、憧れの人を 
  真似るなら 解るけど、よりによって 
  こんな大嫌いな奴らを 何で真似るの?(怒)」

天使「いいから まねろ~(笑)」

最初は、この天使の言ってることは 
理解できませんでした。

ただ、この嫌いな二人を観察した時、
共通点がありました。

二人とも、私が、
「本当はやりたくて仕方ないのに、出来ない事、
禁止してる事を いとも簡単に やってのけちゃう人達」
だったのですね。

私の中にあったものは、認めたくないけど 
二人に対する 妬み、嫉妬でした。

それから、天使の言う通り 
この憎い 二人をまねました。
しぐさや立ち振る舞い 腹の立つ部分を 
わざと真似るのです。

すると、まず 嫌いではなくなりますよね。

そして、この二人から得た収穫は それ以上でした。

「自分がやりたくて仕方ないのに、
 出来ない事を 簡単に やれちゃう人」
 これって・・ 結局、形を変えた
「自分のお手本になる人」

って意味なのです。

ただ、嫌いな人を真似た。
そこから、自分が抑圧している 可能性や才能、
器用さが 開花していきました。

当時の私が もっと 無邪気で素直であれば、
この腹の立つ二人に こんな事が 言えたでしょう。

「あなたは 私がやりたくても 出来ない事を 
簡単にやれるから すごく腹が立つ。  
ところで、どうすれば あなたのようになれるのか 
方法を教えてよ~」  ってね。

長くなったので 1・2のまとめ

●邪心は人間 誰にでもある
●人を中傷、非難したい時、妬み、嫉妬がないか探る
●あれば 妬み、嫉妬を
「値打ちのあるものを知っている自分」と呼ぼう。
すると昇華が起きて 楽になる
●妬み、嫉妬を感じる人は 観察して まねる価値あり
●まねる方法が 解らなければ、本人に聴くのが一番早い。

これ、かなり使えるよ 人間関係が楽になる 
才能を開くしね。

身近に嫌いな人、腹が立つ人がいれば、お試しあれ!!

相手を見て 自分が何を抑圧しているか? 
これを見つける事が出来れば 自分が 変化しますね~。

エゴを尊重する

この間、東京瞑想会の帰り道、気づきがありました。

こちらのブログでも 生徒さんに向けても、
「世間体なんてイザという時、世間が
救ってくれるとは限らないんだから気にするな・・」
なんて話を 私はよくしますけど、

無意識の間に、
自然に、世間体を気にしてる自分がいたな〜と・・。

そして、どうして これが自然に起きるのか?

一つは、今までに親や学校で教えられてきた、
習慣、クセでもあります。
これはこれで、役に立ってきた一面がありますが、
物事の小さい部分しか見えていません。

もう一つは、瞑想者は「空」を持っている時、
360度 パノラマワイドに相手の認識に
入ってしまうのです。

自分がどう思うか?ではなく、
相手は?世間は?どう思うか? 
こちらにすぐシフトしてしまうのです。
この時、軸が自分から 他人の中に移動してるのです。

空とともにあるエゴの場合は、
世間一般で言われているエゴの定義から、
切り離して考えないといけないのです。

エゴ=我欲、自分を満たすだけ。
のように、悪者にされることが多いですが、
ある段階に入ると、このお話も、
何の役にも立たない「アホアホ精神世界常識」
になってしまうな〜って事です。

言葉尻を捉えると、それぞれの認識によって、
全然違う解釈をしてしまいますので、
簡単な言葉を使ってみると、

個から全体にすぐ切り替わってしまうからこそ、
ほんの些細な自分が何を欲しているか?
ここにもっと焦点を合わせる必要があるのです。
忘れがちですけど、大切な事ですね。

そして、この焦点を合わせた小さな自分の欲求は、
多くの人の欲求や 世間、宇宙の欲求とは
決してかけ離れてはいない ってことです。

だから「エゴを尊重する」
これはある時期からは、とても大事な事なのです。

去年から、長らく悩んでいたけれど・・
少し、雪が溶けてきたのかな?
自分を信じて、道なき道を歩いてみよう!

春が待ちどうしいところですね(*^_^*)