「瞑想始めて、おかずの品数が増えました。」

 

「瞑想始めて、おかずの品数が増えました。」
瞑想する事と 料理の技(わざ)が増えること。
夕飯のおかずや お弁当の品数が増えること。

こんな小さな創造ほど、子供や夫は見逃さないのですよ。

「瞑想始めてから、子供への 愛情がますます大きくなった。
可愛くてしかたない」

「最近、夫への愛情を感じる 素敵な人でよかったと、感謝」

これは瞑想始めた お母さん(奥さん)
方から、よく頂く感想です。

これ、子供さんの視点から すれば、
「お母さんが瞑想はじめてから、やさしくなった。
何だかわからないけど 嬉しい」

となりますし、

ご主人の視点からすれば、
「妻が瞑想はじめてから 愛らしくなった。
何だかわからないけれど、やる気が出る」

となりますね。

家族は、こんな些細な変化を 見逃さないのです。

そして、こんな小さな創造が積み重なるとき、
あなたが始めた瞑想の事を わからないなりに
理解してあげようとするのです。

家族や身近な友達は、
あなたの話すことではなく、変化した行動を観てるのです。

と、なると・・反対に、
「瞑想の事を家族が・・友達が・・理解してくれないんです」

これは、言われてる、ご本人の行動が
周囲の人を、そんな気持ちにさせている可能性が高いのです。

家族を 放り出して、
精神世界のお勉強とやらに夢中になっていたり、
忙しく皆が 働いてる時に 自分だけが瞑想してたり、

見えない世界のことを、
見えない上に、分からない言葉で伝えようとして、
空気を読めてなかったり・・

そりゃ 誰が 理解するものですか!

身近な人は、やはり 一番の理解者なんです。
さすがに、よーく観てるから、
正しく理解した結果の反応をしてるだけなのです。

ほんと 心当たりがある人は
「ハッ」としてくださいね。

「おかずの品数が増えました」

これは、
「光の戦士として大活躍とか」
「地球を救う選ばれし魂」そんな、
ご立派な創造じゃないかもしれない(笑)

でも・・家族が観てるのは、目の前で繰り広げられる、
小さな創造の積み重ねの方なの。

自分が日常で出来る小さな創造を大切にしてくださいね。

いっしょに楽しみながら 瞑想続けていきましょう。

簡単な瞑想を難しくしているのは自分自身

フィットネスクラブの お花

フィットネスクラブの
お花

※「家とは全く違う瞑想体験が出来ました。

 いつも瞑想に対する ゆるみかけた自分の姿勢をリセットできます。
 自分がとらえていた事とは違う とらえ方が出来ました」

※「自分が感じていたけど、はっきり言葉にならなかった事が、
 説明していただいた事で、腑に落ちて、
 今はこれでよかったのだと思えました」

※「自分の物事のとらえ方を変える。器を大きくするというか、
みのり先生的に言うと、ストローを太くしたいです」

※「不安やったことが また一つ消えた感じがしました」

※「伝授の朝の夢をお伝えした所、みのりさんからの言葉で、
改めて瞑想をはじめて 良かったと思えました」

こちらは、
3月4月の大阪瞑想会に ご参加頂いた方の感想ですね。

瞑想をやめてしまうことは、せっかく得た、本当の自分を、
見失ってしまうことなのです。

瞑想会に参加することで、瞑想を習慣にすることが簡単に
出来るようになるのですね。

「あぁ わかった〜」って・・ 
心がモヤモヤからスッキリする経験。
これが「認識」「理解」です。

これで出来ているのかな?と思いながら 毎日する瞑想と
ちゃんと出来ている と自信を持ちながら 毎日する瞑想。

瞑想だけしてる人と、瞑想体験に正しい認識が 
備わってくる人の間には、

見た目、行動、起きる出来事、それに対するリアクション、
全部に差が出てくるのは このためなのです。

気づきでは、こんな感想も・・

※過去に 大人になりたくないと思ったことを想い出しました。

※女性性のお話もありがたかったです。女性性を高めて、
男性性とのバランスを取りたいです。

この瞑想の場合は、
その時の色んな話題から、自分で、自然に気づいていきますね。

初心者の方からも、寄せられていますよ。
伝授の1日後で、この気づきです。

※「瞑想で感じたことは、
まず、瞑想のイメージが変わったということです。

今までのイメージでは、瞑想中に雑念が出てきてはダメだ!!
とか心が落ち着いていないと瞑想が正しく出来ていない
などの勝手な思い込みがありました。

瞑想はするものではなく、瞑想が起きてくるという
コンセプトがまずイメージを変えてくれました。

すべて起きる事が起きている。
雑念が起きてきてもそれは意味があり、
瞑想が出来ていない事ではないという 新しい理解がありました。

中でも一番大きな理解だったのが、
瞑想中に出てきたイメージやアドバイスやひらめきをあまり信用しない事。
潜在意識のゴミがひっついている可能性があると理解できたことです。
瞑想中に出てきたことなどは、
ある種のインスピレーションとして信用してしまいそうなりますが、
それは短絡的な判断と気づけたことは大きな収穫でした。

今までの瞑想に対するイメージが大きく変わり、
新しい理解が得られた事に感謝いたします」

初めて受けても これだけ 認識が変わるんです。

瞑想を、難しくしているのは 
自分自身しかいませんよ(*^_^*)

「お金」という名の「シャクティ」

インテリアと 家電の間には、 大きな違いがある。 インテリアは 学ぶ価値あり。

インテリアと
家電の間には、
大きな違いがある。
インテリアは
学ぶ価値あり。

めまぐるしく変化していく、今日このごろ。

タラ・タントラを使っている部分では、
この2ー3年で部屋のインテリアと家電が変わりましたね。

内側に合わせて、ステップを踏んだ人は、
外側も変化が起きてると思います。

お金については、正直、消費が多かったです。

これは理由があるけど、世の中の流れをみた時に、
今現在は、節約したら損すると判断したから、使いました。

ほんと 使うことも、
シャクティのストレッチで、柔軟体操してないと、
次、動くとき、身体の可動域が少なくなるのに似てます。

そして、使うことで、減るんじゃなくて、
お得感が出ちゃう物もある。

一生使うつもりで1年半ほど前に買ったソファー
値段がすでに、23万円。値上がりしてました。
消費税含まずに・・です。

「嵐の中で シャボン玉 吹かなくて、得した」
ってことになります。

私も、もちろん、節約するときはしますよ。
「キープが出来ない人」
こんな人も、お金の大きなブロックだったりします。

「キープする行為」これもお金という、
シャクティ(創造的なエネルギー)のストレッチだからです。

腹筋でも「そのままの姿勢でキープ」ってありますね。
ブルブルする、一番キツイ鍛え方。

でも、今「そのままキープ」の
タイミングではなかったって事。

普通に日本円でキープ(節約)した人、
価値あると思っていたお金が、
何もしないで、20〜30%減してる訳ですから。

「楽しかったな〜」って、想い出に変えたり、
「価値あるな〜」って物に変えたり
「役に立つな〜」の知識や情報に変えるのには、
有効な時期だった・・と思うのです。

アベノミクスの恐ろしさを 良くも悪くも、
色んな意味で、感じ始める時期かもしれませんね。
TVでは、良い面が多く放映されています。

良くも悪くも・・ならば、

よいところ、
晴れているところで、シャボン玉を吹いていこう!

悪いところ、嵐の中で、シャボン玉、吹かなきゃいい。

自然な母性と歪んだ母性

一応、これでも 図工と絵が得意だった 通知表では 5段階の5だよ。

一応、これでも
図工と絵が得意だった
通知表では
5段階の5だよ。

今、とても多い ひきこもり。

ある人にとっては、学校や会社に行くことが、
嵐の中でシャボン玉吹くような事の場合もあります。

子供の方が時流をちゃんと見ていて、
親が理解してない場合もありますから。
すべてが、問題とはいえませんね。

でも・・気になる ひきこもりもありますね。

この間、TV見てたら、30年間引きこもってる人と、
その母親が登場してました。

気になったのはお母さんです。
30年間、家に子供が居るって・・
相当な出来事ですが、目が悲しんでないし、
何より、話す時の 言葉は大変さを話していても、
言霊(ことだま)に悲壮感がないのです。

これは、今回のTVだけじゃなくて、
時に実際にお会いする機会がある時に、
ひきこもりの人の親御さんに感じることがあり、
不思議な気持ちになる事が、ありました。

番組 見てて思ったことですが、
私の親というのは、20歳過ぎてからは、
「家にお金を入れろ」「家賃を支払え」
「働かざるもの食うべからず」と、
本当に口うるさかったです。

会社が終わり、夜間の専門学校に通っていたので、
疲れ果てた状態で帰宅すると、真夜中です。

家族は寝静まってて、
食べてもいない食事の残飯と、お皿が台所に山積みなので、
泣きながらそれを洗ってから寝たら、1時まわってます。

翌朝、家族全員の お弁当作って、会社に出勤。
毎日、平日はこの日課をこなす。
家での仕事を課せられていました。

当日は、セラピー関連の習い事で
「お母さんの絵を書いてみましょう」と言われたら、
「鬼の絵」書いてましたもん(笑)

当時は、愛のカケラもない人、
「愛」じゃなくて「鬼」と思っていたわけですが・・

今現在、兄弟は4人 全員が手に職を持ち 
自立していますね。

「子供を自立させてくれた」
これって、愛以外のなにものでもなかったのだと、
後から理解できました。

自分が成長してから、
初めて理解できる愛があります。

自分が成長してから、
初めて 注げる愛もあります。

成長するということは、
多岐に渡る愛のカタチを学び、それを、
表現できるようになることなのかもしれません。

瞑想では、自分の中の
子供の部分と大人の部分の統合が起きて来ます。

実際の、子供を変えることは出来ませんね。
けれども、自分が変化したら、子供は 
それをちゃんと見ています。