瞑想をさぼる事=ストレスの蓄積だったから、意気込みなしに続けられた

自分の為の時間をつくり、イスにすわるだけ。

自分の為の時間をつくり、イスにすわるだけ。

大きな大木を持ち歩く事は 出来ませんが、
種を持っていれば、花も果実も 大きな幹も葉っぱも
すべてを 手中におさめる事が 出来ますね。

みのりで使用する
ビジャ・マントラの ビジャとは「種」を意味します。

すべての創造が、この小さな種から 始まります。

普段の瞑想は 雑念はあって当たり前なのです。
雑念が 媒体となってストレスが
体の外に出ていきますので、
雑念があっても、毎回「空」を経験しています。

海の底にいながら 波を観ている事と
海の上から波を観ている事は 
同じように見えて、
明らかに 自分の居場所が違います。

けれども瞑想を始めた初期には 
その違いが解らないのです。

私が瞑想を続けてこれた理由は・・
瞑想中の体験が良かったからではありません。
おそらく、
ストレスが溜まり過ぎていたからだと思います。

職場でもストレスだらけ。 
自宅に帰ってもストレスだらけ。

唯一の癒しは、自宅の近所の捨て猫に「アメリー」と
名前をつけて、この猫をさわる事だけが、癒しの毎日でした。

その猫も ある時 お風呂に入れてあげようとしたら
私の傍から消えて いなくなりました(涙)

ネコって お風呂に入らなくても 
生きていけるんですね。
飼った事がないので、知りませんでした。

そんなストレスだらけの毎日で 
唯一 逃げ込む場所が 瞑想中の「空」って感じでした。

自分では、瞑想の経験は 雑念だらけだったので、
瞑想がちゃんと出来ているとさえ、思ってませんでした。

ただ、1日もサボる事は 無かったです。

私にとって 瞑想をさぼる事 = ストレスの蓄積 
だったので、とにかく続けようとか、 
意気込みとかなしに簡単に 続いたのです。

瞑想の本当の効果を 感じ始めたのは、
ちょうど 1年経過した時でしょうか?

「ちょうど1年目かぁ~」と 思って振り返った時、

物の見方から 人や世界に対する見方、肉体の変化など
1年前と大違いで、自分の人生が90度と云わず180度 
変化してました。

本当に 驚いたのを覚えています。

単に1日2回 自分のための時間をつくり 
イスに座っただけですよ!!

それがきっかけで
「この瞑想 ちょっと凄いかも?」
「これは 本気でする価値がある 瞑想かも?」
と思ったのが 始まりですね。

だから 瞑想 始めて間もない皆さんも 
瞑想の中の経験は どうでもいいから 
気にしないで 続ける事ですよ。

毎日の瞑想を 楽しんで下さいね。

最小の努力で 最大の効果を得るのが「瞑想」です。
みのりサイトはこちら

貧乏の限界

いや〜ぁ。かわいい子供にはさせてあげたい体験・・それは「旅」と「貧乏」

いや〜ぁ。かわいい子供にはさせてあげたい体験・・ それは「旅」と「貧乏」

この数字は、お金にまつわる大切な数字です。
皆さんにとって、どんな数字になるでしょうか?

10年以上前ですが、瞑想の学びで、長期海外に行くことになり、
勤めていた会社を辞めたんですね。戻ってきてからも、
のんびりしてて、そろそろ働こうかな〜と思った矢先、
風邪をこじらせて、仕事を探すどころではなくなりました。

親とケンカして、家を出てますから、一人暮らし、
住居代や光熱費もどんどんかかってきます。
でも、身体が動かせない。

食べるものは、
昼と夕方、近くのイオンに自転車で行き、
試食を食べてました。

冬の寒い日、ガス代が気になってストーブも使えない。
家では、厚着で、寒さをしのぎました。

「本当にもう無理・・」となった時、
大声で「わぁ〜ん」と、子供みたいに泣いてしまったんですね。

「貧乏って泣けるんだ」と、この時、初めて知りました。

かなりの決心で、親に「お金貸して」と、伝えたら、
「それどころじゃない」と言われた事もショックでした。

包容力いっぱいだったはずの親が・・
時代の流れの中で、余力がとっくに消えているのです。

もっとショックで、屈辱的だったのは、
自分から別れを告げた元カレに、
お金を貸してと頼んだことです。
何も言わずに、10万円貸してくれました。

子供の時から「保証人になってはいけない」
「ハンコを気軽に押してはいけない」
「お金の貸し借りを 友達としてはいけない」
こんな真っ当な、親の教育を受けて育ってます。

だから、お金を借りる事も、頭を下げる事も、
自分の信念体系ではありえない、
屈辱的な事だったのです。

ケンカして出て行ったはずの実家に、 
頭下げて舞い戻る事も、情けなかったですよ。

どれもこれも、とんでもない経験だったのですが、
後から振り返ると、素晴らしい経験だったと言えます。

「何でこんなになるまで 働かなかったのか?」
と言えば、風邪をこじらせた以外では、

直感的に、もっと後の方が 
良い就職先が見つかると感じた事もあります。
(この直感は、正しかったです)

そして何よりも、瞑想していたので、
お金に対する 不安感が 全く起きなかった事です。
長期瞑想で平安に包まれちゃってる矢先ですから・・

この一連の出来事で学んだ事は大きいです。

・貧乏は 大量の涙が出る事
・自分の貧乏の限界を知った事

そして、
限界が来る前に、
プライドを捨てて、
誰かにSOSを出さないといけないって事です。

反対の言い方をすると、
この限界の数値までは、
平安でいたらよいだけなのに・・

人は「漠然」とお金に対する不安を感じて、
そこから動いてしまってるんだなって
事が分かりました。

瞑想を始める前の方が、もっと貯金もありました。
それなのに、漠然とした お金に対する不安がありました。

瞑想して、のんきでいた事から、
自分の貧乏の限界を知ってしまいましたが、
この数値を知る事が、後々、思わぬところで、
役に立っているんです。

だから「漠然」という幻想を、
きちんと「数値化」するのです。

「お金がないという言葉を頻繁に使う人」
本当にないのでしょうか?
「漠然」と言ってませんか?

「お金がない」とは、
貯金がこの限界の数値になった時、
初めて使う言葉です。

それまでの状態は自分の事を
「お金持ち」と呼びましょう(笑)

 

雑念はゴミ。ゴミは宝

瞑想は感性を扱いますからね。心も身体も硬くしないことよ。

瞑想は感性を扱いますからね。心も身体も硬くしないことよ。

「自分に起きた体験を安心してシェアー出来るので
体験を話す時に、リラックスできました」

と・・瞑想会でこんな感想を頂きました。

「瞑想中に見えたものや聴こえたものについて、
自分では気づかなかった意味を教えて頂いて、
腑に落ちました」

瞑想中、色んなものが見える人、
聴こえる人がいます。

それは、瞑想中に 思考が沢山、
出てくる人がいるのと同じなんですね。
思考的、視覚的、聴覚的って、
発達してる感覚の違いだけです。

だから、雑念の話をしてもよいのと同じで、
見えたものを話してもいいし、
聴こえる人は、それを話してもいい。

けれども、瞑想中の雑念が、
ゴミを運び出す乗り物であるように、
瞑想中に見えたもの、聴こえたものも、
まに受けて使わない。これは大切です。

まに受けて使わないのだけれど・・・
ないがしろにする必要もないのです。

だって〜
ゴミから 分かる事も多々あるからですよ。

ゴミから 
億万長者になった人もいますよね。
そこから、アートを生み出す人や、
新しい商品が誕生したり・・

ゴミの中に、宝があれば、私なら拾います。

実際の家庭ゴミも「瞑想中の雑念」という名の
ゴミも同じです。

出してるゴミをみたら、
ずっと家に居る人か、外で働いてる人か、
趣味はなにか? 経済状態はどうか?
健康状態はどうか?料理する人か、しない人か?
ある程度、わかっちゃいますよね。

使い方によっては、
普段の自分を知るヒントが沢山あります。
心のクセがわかります。
その人にとっては、ゴミでも 別の人から見たら、
お宝の場合もありますね。

だから、私は受講生さんの 瞑想の体験を聴くの。
そこから、宝を発見することがあるし、
その方の傾向と対策を垣間見ることは出来ますよね。

例えば、この方の場合、
「見える」その事からだけでも、

・視覚が聴覚が 得意分野であること、
・美術や絵、芸術が好きな人であろう事。
・ハート・マインド 両方共、発達させてきている事。
最低限、それはわかります。
そして、
・知的レベルが高い可能性もありますよね。

・瞑想のセンスがあるけれど、
それをどう日常でどう扱えばいいのかの部分では不器用。

ならば、瞑想、初心者であっても、
最低限、ハートとマインドを兼ね備えた話
(ウイズダム的要素を含んだ話、
空を、現実に統合していくユニティの話)を、
伝えていかないといけない事が分かりますよね。

そうしないと、
ハートとマインドを兼ね備えた質と共に
日々、すでに生活してる訳ですから、
瞑想してるのに、生活の中で使えないという、
不器用さが目立ってしまい、納得がいかないのです。

ゴミはただ捨てる? はい捨てます。捨てるんです。
でも、仮に宝が紛れていたら 拾うです。

頑なに捨てる事しか伝えない事は、
私にとっては、雑念ばかりに注意を向けてるのと
同じくらいに、心の柔軟性がないし、
瞑想のセンスがない事なのです。

瞑想のセンスを磨いて下さいね。

センスは 硬い心からは生まれない。
ハートとマインドが繋がる時、
そして、日常に統合される時、
心はとても柔軟ですよん。

そして、瞑想会では、話したことから、
何か、心が納得することが大切なのです。

納得したら、瞑想が心地よくすすめられるから。
納得しながら、続ける日々の瞑想と、
納得がないままに続ける 日々の瞑想。

ここに年月が積み重なる時、
考え方、容姿、行動、現実の動き
すべてに影響が及びます。

成功者の諸君!「成就」は、まだか・・

成功は貴重。でもその上をいくのが成就だよ。

成功は貴重。でもその上をいくのが成就だよ。

昨日に、引き続き、
頂いた伝授&瞑想会の感想の続きですね。

◯アドヴァイスが具体的でとても勉強になりました。
背骨は必ずしも立てなくてもよいとの事。
いつも緊張していました。日常をリラックスして、
自然に振る舞えるように鎧を脱ぎたいと思います。

(みのりコメント)
この方は、豊かさのマントラ、プロスペリティに入り、
理解が難しくなったので、瞑想会に参加したそうです。

ハートマントラでの効果として、
「成績を出してないのに 仕事で出世した事」
と挙げておられました。

さすが瞑想効果!
と言いたいところですが・・違うのね。

企業も馬鹿じゃないのです。
普段から、お仕事の中で結果を出してるから、
出世するんですよ。

瞑想は、自然な事を支えただけ。

瞑想効果というよりは
「ご自分の実力」なんですね。

ならば、プロスペリティの理解が難しい理由は?

「自分の価値を 認めない心」なんですね。

結果を出せていても、
自分に課してるハードルが高く、

生育歴においても、その高いハードルを、
越えてきたであろう事。

それが、愛と豊かさを得る方法だと、
学んできている事。

こんな事を踏まえた上で、
瞑想会は、すすんでいきます。

(姿勢のことで言えば、
きちんとしてる人だからこそ、あえて外すの)

瞑想では ハードルが低くても、
何かを やり遂げられなくても、
全部「成功」をすでに得れているんです。

プロスペリティは「無条件の受容」を学ぶマントラ。
愛と豊かさを 受け取ることを学んでいきます。

私たちの 学習してきた愛や豊かさは、

「いい子にしてたら、愛してあげるよ」
「勉強頑張れば、いい学校に行けるよ」
「頑張れば、お給料が上がるよ」

いつも条件つき、
それをクリアーできたら受け取れる。
それを「成功」と呼んでいますね。

瞑想で「空」の質に触れた時、

「愛は いつも無条件で 在るよ」
「豊かさは いつも無条件で在るよ」

突然、こんな真逆の経験が起こります。

すると自分自身(エゴ)は
「無条件なんて、学んでないよー!」
と、戸惑うのです。

瞑想の「空」は、
今までとは、真逆の学びを進めていくということ。

あなたが、頑張ろうが、頑張るまいが、
いい子にしてようが、悪い子にしてようが、
ただ、愛も、豊かさも「すでに在った」

だから、
「空(くう)」のことを別名「存在」と呼びます。

瞑想の場合は、 
すでに成功してる事を 内側に見つけるだけなので、
呼び名が「成功」ではなく「成就」と変化しますけどね。
みのりサイトはこちら

知らないからこそ教えてくれてる事ばかり

外資系より日本のホテルが最近は好きです

外資系より日本のホテルが最近は好きです

皆さんから頂いた 
グループ瞑想会の体験談などUPしておきますね。

◯他の方の体験を聴いたり、みのり先生のお話を聴いて、
とても勉強になりました。
瞑想会で知らない事とか、とても学びになりました。
「私ってなにも知らないという事に気づかされます」
ありがとうございました。

(みのりコメント)
このかたは、瞑想中に ライトが当たって、
眩しい体験をよくされるのです。

そんな風にして、この体験談を観ると・・

ライトが当たることも、この人の場合は、
「ライト当たって気持ちよかったねーって」
そんなとぼけた、ただの瞑想体験ではないって事です。

この方の 謙虚過ぎる性格が、時に、
この人の中の可能性を眠らせてしまっている ということ。

瞑想中に経験する「空」には、知性があります。
そして、知性とは、知らないからこそ、
何かを教えてくれる。

この人が 気づいてない事は、
日常の些細な瞑想の知識ではないって事。
謙虚さの下に隠れている ご自分の潜在能力なんです。

 

豊かさとは その人にとっての 普通が日々繰り広げられる事

受講生さんに頂いたお花。 本当にキレイ。豪華。 感謝です。ありがとう!

受講生さんに頂いたお花。
本当にキレイ。豪華。
感謝です。ありがとう!

宿泊瞑想にちなんで、今日は お金や物質を惹きつける話ですね。

質問:
最近、欲しい物が多くて、買い物ばかりしています。
プロスペリティのおかげか、かなり小額ですが宝くじは 当たりました。

お買い物をしたものに 後悔はないですが、出費も多く
支払えるのかな?なんて ちょっと 気になってしまうまでに。
プロスペリティを 軽減したら良いのかな?と思って、相談しました。

お答え:
この話は 非常に興味深い体験だと 思います。
これは プロスペリティと加速マントラ両方持っている時に、
よくある 体験ですね。

多かれ 少なかれ 似たような事、起きてきてませんか?
それに どんな対処をしたでしょうか?

対処の方法が、
繁栄していくかどうかの分かれ道だと思います。 
これは 起きてきた事に 
素直に 従っておいた方が よいと思いますね。

松果体から生成される ソーマですが、
物質や人の中の 神の知性に反応します。
これによって 惹きつけるものが 変化していくわけですが、

これが起きてくる時、いきなりは 起きてこないです。

(ステップ1)最初、一定の豊かさに移行して、 
(ステップ2)その豊かさに慣れて、味わい、普通になれば、
(ステップ3)また次の普通が用意されてます。

(これ重要↑ 移行して、慣れた人にだけ 次があるから)

この繰り返しなのですが、
この移行の時は、趣味嗜好が ガラリと変化します。

物質って とても解りやすい 目印になると思うのですね。

山に登る時、ストックを進む道の上に掛けて、
ギュっと上がる事をしますが、
この時の 物質は ストックの役目に似ています。

自分を今より 豊かに上昇してくれる為に 
必要な 道具みたいなものです。

以前、私も 同じような事が 起きました。
母から ロレックスの アンティークの時計を貰ったのです。

自分の持ち物 どれよりも 明らかに高価で 破格の値段です。

これは 私にとっては 豊か過ぎて「エネルギー違い」なんですね。
だから、持ち物の中では かなり浮いてました。

けれども 私は
「この時計が、やってきた事を合図に、
もっと上の豊かさに 登っていこう!」と 
思ったのですね。

登山の時の ストックにしたいと 思いました。

だから 少し無理してベッドもリッツ・カールトンと
同じものにしました。
かなりクレイジーです。迷いましたよ。

豊かな人は 程度の差 こそあれ、
これが 豊かさのコツだと 知っています。
そして、選択の結果を 受け取っています。

使う物が 変化する事は、 
自分にとっての「普通」が 変化する事です。

安いものばかりあふれて 
それが 身近にある事が「普通」になってしまうと 
そこから 抜け出す事が 難しくなりますね。

けれども 少し 背伸びかもしれないけれど 
豊かなものが 「普通」の状況に 身を置いたら、
豊かな事が「普通」なのだと 慣れてくる。

「普通」の意味あいが 全然、違うところに移行していきます。

だから 今、起きてきている事、買った物、 
これらが 「普通」になるように、楽しんでくださいね。
今、移行期に いるのです。

最初は戸惑うけど、慣れたらそれを「普通」と呼びます。

今回の話は 抵抗が起きた人。
プロスペリティ・マントラを もっと使いこなして下さい。
抵抗の中に とどまらない事です。
加速マントラ以降を使ってる方、周波数が違います。
突き抜けて下さいね。

「豊かさとは 何でしょうか?」
その人にとっての「普通」が日常に繰り広げられていく事。

━━━━━━━━ 編 集 後 記 ━━━━━━━━

今日の話は、「空」を経験している事。
ソーマの経験がある事。これが前提として下さいね。

この内容を 頭で理解して、実行しても 
それは「普通」とは いいません。
それは「めちゃくちゃ」と いいます。

内側から 自然に起きてきて、
内的経験と共に、少し背伸びする事と、
思考でもって 無理やり 飛ぶ事は 違うのです。

プロスぺリティは「普通」が 
変化していく合図があります。
新しい「普通」に 移行したでしょうか?

移行しないと また次の「普通」は やってこないです。
そして、日常での洞察がとても大切なマントラでもありますね。

この時に、「豊かさとは・・お金じゃないとか物質じゃない」とか 
へ理屈は やめましょう。

こんな事、話す人に限って、
その人の思考の中では、一日中、お金の事を考えていますし、

物を買うのに 安い以外の「楽しい、豊かだ、心地よい」
こんな選択肢が どこにも残されていないのです。

豊かさの回路は、様々で、
すべてがまんべんなく開いてこないとおかしいのに。
ただ、物質面が、止まってるだけです。
そこに気づいて下さいね。

これは 持ち物 だけじゃありません、
仕事も人間関係も すべてです。 「普通」に慣れたら、 
また次の「普通」に移行していきます。

「普通」のことならば それは 簡単に起こります。