瞑想で不倫を辞めることはできますか?

今日は、
ニュースレターの登録時に頂いたご質問です。

「瞑想で不倫を辞めることはできますか?」

天河はまだ満開でした

お答え:

瞑想みのりで教えている瞑想は、
深い「空」の経験をしていく瞑想です。
「空」は創造主であり「本当の自分」です。

この瞑想の「空」から物事を見る時は、
世間一般で言われている「善・悪」
という判断を超えた、
創造主としての認識が育っていきます。

創造主からすると、善・悪はなく、
創造的(動いてる、変化)か、
創造的でないか(止まっている、停滞してる)

このどちらかなのです。

なので、もしも、創造主から見る、
何か良からぬ問題があるとしたら、
それは「なにも動き、経験がないこと」
「死んでるように生きること」
だけであり、

動いた先の、結末が、まずかろうが、
災難だろうが、失敗にしか見えなかろうが、
すべてはOK。でしかないのですね。
起きてくる事に「悪」という
判断をしているのは、 
人間の小さなマインドだけなのです。

あなたが創った「不倫の恋」
というシナリオから、
この先、何が起きてくるのか?
そんな話はいくらでもさせていただきますよ。

けれども、
ご自分が不倫の恋をやめたいというのはあれば、
創造主である、自分自身が
この恋愛のシナリオをつくり
そこから登場すること選択しているので、
このシナリオから、降板する時も、
また自分の意志と、選択でもって、
出ようとする必要があるのです。

瞑想には 善悪の判断がないからこそ、
私達を世間のルールを超えた、
自由に連れて行ってくれます。
けれども、自由を選択する時、
自分の創造した事や選択に
責任を持つ必要があるのです。

不倫の恋というシナリオには、
登場人物が必ず最低3人登場します。

「奪われる人」
「愛する人」
「奪う人」

多くの不倫をされている方が、
相談の時に、なぜか笑っているのですね。

おそらく、その恋が楽しく、
自分がまさか、このシナリオの
「奪ってる人」を演じてるとは、
思っていないからです。

どちらかと言えば、
「愛する人」を
演じていると、思っています。

ここは間違えてはいけません。
配役では「奪う人」を演じました。

では、次は、
同じシナリオで演じる配役が変わります。
今度は「奪われる人」を演じます。

人に興味が無いなら、
金品や家かもしれませんし、
仕事かもしれませんし、
とにかく「奪われる人」を演じきるのです。

瞑想的に言えば、
奪う人を演じきったように、
奪われる人を演じきればいい。
それでOK.
となります。
「そこに善悪の判断はなく、経験があるから」です。

しかし、「奪われる人」を演じる段階になって、
初めて、マインドの小さな判断で、
「嫌だこの配役は、演じたくない」と思うのです。

本当に、嫌なのであれば、早く、
この自分が創り出したシナリオそのものから、
降板することなのです。

このシナリオは、
あなたが6歳までの間につくられています。

これを、探して、見つけ、降板するのです。

瞑想みのり 

瞑想は意識のゴムを柔軟にする

今日の話は、瞑想をまだ、
多くの人に教えてない初期の頃の話です。

それこそ、20年ほど前の話になりますね。
教え初めの時ってね。
月に、おひとり、瞑想の伝授に来られたら、
「うわぁ 人が来た!」と思ってました(笑)

それが1人が2人、そして、
それが毎月連続で、続くようになってくると、
「いやぁーこんなに人が来たぁー!びっくり!」
と、思っていました。

そんな日々にある程度なれて、瞑想を受けに人が来る事。
これが普通の日常として、何年か続いた年の年末の事です。
大掃除をしていたら、

「(来年は)◯百人ー◯百人の人に 教えに行きなさい」

こんな声が聴こえました。 

おそらく、仕事の事を
示しているのだと思いました。

声の主が、誰なのかと言い出すと、
姿、形無き声なので、
責任の所在がなくなります。

なので、ここでは、
私の「心の声」とでも言っておきましょう。

「◯百人ー◯百人」この数は、
さすがに無謀な数字だと思いました。

それを1年でこなせとは、
これは どう考えても 無謀です。

「絶対に 出来ません!!」
って、独り言で返事してみました。

けれども、翌日も声は聴こえました。
「無謀・絶対不可能」だと繰り返すたびに、
何度も聴こえました。

そこで、3日目の最後には、
この声に折れて、質問に変えてみたんですね。

「仮に、◯◯百人ー◯◯百人の人に、1年で
瞑想を教える事が、本当に可能だとしたら?
今、私に出来る事は何だろうか?」と

この「無謀、不可能、絶対出来ない」
と断言している意識。

これはまるで、
ゴムが小さく縮んでいるように思えました。

この縮んだ意識のゴムの両端を持って、 
思いっきり 引っ張るイメージをしてみたのです。 

「でーーきーーるーーかーーもーー」
って、 空の無限を真似して引っ張りました。

そして、翌年、
結果はどうなったのかと言いますと・・・

残念ながら、
この声の数字は達成できませんでした。

けれども、数年後には、
達成して、現実になっていたのです。

1人、人が来ただけで、ドキドキしていた頃を思うと、
数百人の知らない人に、
当たり前に会う状況というのは、
これこそが、びっくりなのです!

「空」の認識力が、自分の中で、大きくなるほど、
自分の意識を大きく拡げていくことが可能になるのです。
ゴムのように、柔軟に伸ばすことが出来るのです。

意識が無限であることは言葉で、
沢山聴いていても、イザ体験した時、
その人の認識の範囲でしかわからないですから。

この認識力が拡大していく時、
意識が無限という事が、どうやら、本当なのだと、
体感で理解していくのです。
すると、意識をゴムのように、
柔軟に拡げていくことが出来るのです。

制限とは、
制限の中にいると、知らないうちに、
定めてしまうものなのです。

そして、
無限の意識である「空」の中にいると、
知らないうちに、
はずれてしまうものなのです。

とにかく、皆さんも縮んだ意識のゴムを見つけたら、
ドンドン引き伸ばしてください。

◯◯だから、◯◯できない。
沢山、制限かけてますよね。

「でーーきーーるーーかーーもーー」
ってね。伸ばすの。

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瞑想をホンモノの先生に習いたい

タイトルは、最近の 
まだ瞑想したことがない方との
面白いなーと思ったやりとりです。

この方の目標は、
10分瞑想することなんですよね。

10分瞑想したい人に、
本物の瞑想の先生ならどう答えるだろうか?

まずは、
「洋式トイレを探しましょう」
「便器の蓋をしっかり閉めましょう」
「その上に目を閉じて10分間、座りましょう」
「それを毎日、続けます」

これでも立派な瞑想だと思いますよ。

お金もかける必要ないですね。

ホンモノの瞑想を習おうとしたら、
瞑想の方が、そして、先生の方が、
「習う人を選ぶ」
これを理解しておかないといけません。

「自分と向き合う時間を取る気はない。
けれども、本物を得たい!」

本物の先生は、
こんな生徒さんを
求めていないのです。

永遠の愛の瞑想は、
初心者でも毎日
「本当の自分」である「空」を経験します。

そこに至るまでに、
マントラ・ヤントラを導入して、

即数分で「空」に至ります。

そして、まずは浅いその日、
日中に溜まったストレスを取り除きますから、
雑念が出てきます。

それがある程度、落ち着いたら、
純粋に空を楽しむ。
そして、空意識が拡大していき、
空に対する認識力が増していく経験に入ります。

この貴重で、素晴らしい体験を、
毎日、自分でつくり出せるのです。

短い時間では、空に到達したと同時に、
空から出てくる準備をしないといけませんから、
何の為に、意識の海に飛び込んだのか、
無意味な事なのです。

ちょうどダイビングと同じで、
海の中の景色を見たくて、知りたくて、
海まで車飛ばして、潜水服つけて、
潜った途端、時間が来て、
何も経験してないのに海から出てくる。
こんな体験になるならば、
最初から、海に潜らなきゃいいのです。

本物だから簡単なのです。
けれども、自分自身の為に
毎日一定の時間をとる覚悟がないなら
来てはいけません。

ビジネスマインド講座(大阪)(名古屋)
http://1minori.com/?page_id=227

瞑想みのり

「悟り」自己流では超えられない膜

今日は悟りについてのおはなし
正しい意味での(伝統的な意味での)
悟りの意味合いは

悟り=目覚めて世界を観ることです
私達が本当に目覚めた状態の時、
脳は100%使われていますが、
今現在、私達は脳全体のうち、
たったの5%程度しか使っていません。

どんなにいっぱい五感覚
(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を
使っていても、残りの95%が
ストレス(カルマ)で覆われた状態の
五感でとらえた世界を観ていることになり、
正しく世界を観ているわけではありません。

私達の 通常の意識の状態は、

1.起きている時

2.夢を見ている時 

3.寝ている時 

24時間のうち 
このどれかに当てはまります。

「空」を体験している
瞑想の意識状態というのは、
この3つのより良い面を兼ね備えた状態です。

起きている時より、マインドは冴え、 
夢見ている時より、雑念や映像の中でストレスを解放し、
眠っている時よりも、身体が休息している。
これが、
4.瞑想の意識状態 です。

自己流では、そんなに深く入れないので、
海の波のあたりで遊ぶ感覚です。
空を経験しているわけではありません。

瞑想を始めた頃は、
瞑想中だけにおこる意識の状態なのですが、
規則正しく 瞑想を続けていると、1.2.3.の 
日常のすべてに 瞑想の意識状態が(空が)浸透していきます。

瞑想の意識の状態が、日常のすべてに浸透していった状態が、
5.宇宙意識の状態 といいます。

この状態を「悟り」という人もいますが、
まだ宇宙意識の状態では、
脳の5%しか使われていないので 
「目覚めて世界を観る」ことが悟りとするならば、
私達の五感が変化していく必要があります。

そこで、ソーマと呼ばれる
私達の知覚を変化させるホルモンが
松果体から、大量に流れ出し、私達の肉体や感覚を変化させて
いきますと、宇宙意識の次の意識状態である

6.神意識 
7.統一意識  
といわれる意識状態に至ります。

フルフィルメント瞑想では、
最初のテクニックでハートマントラから
すでに、神意識や統一意識の状態をゴールとするように
ソーマの生成をうながし、感覚を変えていくしくみにデザイン
されている テクニックです。

なので、瞑想すればするほど、知覚が変化して、
感性がひらいていきます。

自己流の瞑想をしている人の多くが、
単に自己流の瞑想を長く続けていると、
いつか悟りが訪れる。
または宇宙意識の状態に到達すると思っています。

歴史的にみても誰一人として、
瞑想の体験なしに悟った人はいません。
ですから、ある意味で悟りに重点をおいた場合に
瞑想を はじめることは、正しい選択ですが、
厳密にいうと、「空」の体験なしに 悟った人はいないのです。

「空」(一元の世界)と 何かが創造されて出てきたもの、
物質や想念や事象(二元の世界)その狭間には
ギャップといわれる創造主(空)でも
何かの創造の産物でもない遊びの空間があります。

マントラがあるのは このギャップのあたりです
ギャップの上には薄い膜があり、
その膜が「空」(一元の世界)
と創造された産物(2元の世界)を
分ける境界線でもあります。

瞑想にも色々あって、
この膜を突き抜けて「空」に到達するだけの
パワーがないと、どんなに長年続けても
それはただ単に思考をたどっているだけにすぎす、
悟りどころか宇宙意識の状態にすら、
達することも出来ないのです。

けれども、この膜に たった1ヶ所でもいいから 
針の穴ほどの大きさの穴を開けることができれば、 
空が日常に浸透していくことができて、
そこから宇宙意識、神意識といった、
悟りへの段階のステップを
進んでいくことが可能になるのです。

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