貧乏の限界

いや〜ぁ。かわいい子供にはさせてあげたい体験・・それは「旅」と「貧乏」

いや〜ぁ。かわいい子供にはさせてあげたい体験・・ それは「旅」と「貧乏」

この数字は、お金にまつわる大切な数字です。
皆さんにとって、どんな数字になるでしょうか?

10年以上前ですが、瞑想の学びで、長期海外に行くことになり、
勤めていた会社を辞めたんですね。戻ってきてからも、
のんびりしてて、そろそろ働こうかな〜と思った矢先、
風邪をこじらせて、仕事を探すどころではなくなりました。

親とケンカして、家を出てますから、一人暮らし、
住居代や光熱費もどんどんかかってきます。
でも、身体が動かせない。

食べるものは、
昼と夕方、近くのイオンに自転車で行き、
試食を食べてました。

冬の寒い日、ガス代が気になってストーブも使えない。
家では、厚着で、寒さをしのぎました。

「本当にもう無理・・」となった時、
大声で「わぁ〜ん」と、子供みたいに泣いてしまったんですね。

「貧乏って泣けるんだ」と、この時、初めて知りました。

かなりの決心で、親に「お金貸して」と、伝えたら、
「それどころじゃない」と言われた事もショックでした。

包容力いっぱいだったはずの親が・・
時代の流れの中で、余力がとっくに消えているのです。

もっとショックで、屈辱的だったのは、
自分から別れを告げた元カレに、
お金を貸してと頼んだことです。
何も言わずに、10万円貸してくれました。

子供の時から「保証人になってはいけない」
「ハンコを気軽に押してはいけない」
「お金の貸し借りを 友達としてはいけない」
こんな真っ当な、親の教育を受けて育ってます。

だから、お金を借りる事も、頭を下げる事も、
自分の信念体系ではありえない、
屈辱的な事だったのです。

ケンカして出て行ったはずの実家に、 
頭下げて舞い戻る事も、情けなかったですよ。

どれもこれも、とんでもない経験だったのですが、
後から振り返ると、素晴らしい経験だったと言えます。

「何でこんなになるまで 働かなかったのか?」
と言えば、風邪をこじらせた以外では、

直感的に、もっと後の方が 
良い就職先が見つかると感じた事もあります。
(この直感は、正しかったです)

そして何よりも、瞑想していたので、
お金に対する 不安感が 全く起きなかった事です。
長期瞑想で平安に包まれちゃってる矢先ですから・・

この一連の出来事で学んだ事は大きいです。

・貧乏は 大量の涙が出る事
・自分の貧乏の限界を知った事

そして、
限界が来る前に、
プライドを捨てて、
誰かにSOSを出さないといけないって事です。

反対の言い方をすると、
この限界の数値までは、
平安でいたらよいだけなのに・・

人は「漠然」とお金に対する不安を感じて、
そこから動いてしまってるんだなって
事が分かりました。

瞑想を始める前の方が、もっと貯金もありました。
それなのに、漠然とした お金に対する不安がありました。

瞑想して、のんきでいた事から、
自分の貧乏の限界を知ってしまいましたが、
この数値を知る事が、後々、思わぬところで、
役に立っているんです。

だから「漠然」という幻想を、
きちんと「数値化」するのです。

「お金がないという言葉を頻繁に使う人」
本当にないのでしょうか?
「漠然」と言ってませんか?

「お金がない」とは、
貯金がこの限界の数値になった時、
初めて使う言葉です。

それまでの状態は自分の事を
「お金持ち」と呼びましょう(笑)

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