人は見たいものを見る

2016-04-09 18.48.30この間、震災の時の事をFBで書いたら、
身も蓋もない記事に、
いいね753 シェアーが155という
すごい数になりました。

お金の長所を、強く認識したのは、
震災からかもしれません。

交通渋滞なしに、運ぶことが出来て、
自由自在に変換し、保存がききます。
場所をとりません。トイレも不要です。

震災時は、
特に、その場所のエネルギーの影響を受けるから、
出来るだけ、被災地から、
離れたほうがいいとさえ思っています。

その中にいる時は、全く影響を受けてる事に、
気づかないのです。

阪神大震災では、
住宅半壊(建てなおし)
親の小売店、全壊。
貸していた家とガレージも、
一部損壊でしたが、住めず、
高額の立ち退き料を支払っての売却。
かなり、痛い結果でした。

だからこそ、
天災というものを、他の人とは違って、
少し冷めた目で観ているところはありますね。
色んな人物や物事を見ました。

避難所には、被災者がいますが、
被災してない人も集まります。
(えっ?何で でしょ?)

阪神大震災の時は、
多くの被災者が、不安もあるから、
ものすごい速さで、その場を離れて、
家を借り、新しい仕事を探し、
働き出した感じがありました。

たくましい被災者。元気な被災者。
柔軟な被災者。

私が一番、沢山、見かけた。
リアル被災者の姿でした。

被災者は、
その場所を離れている可能性も高いのです。
機転をきかせて、
海外旅行に出かけた人も多かったのです。

記事もこれだけ、シェアーされて、
多くの人の目にさらされると、
不謹慎だと、批判する人もいました。

その人達の中に、
先に、ほしい答えがあるのです。

被災者は、健気であって欲しい。
無力であって欲しい。
支援物資を素直に、受け取る人であって欲しい。

色んな思いです。

でも、援助って、自分が与えた時点で、
終わっているものであるはずなのです。

相手がそれを喜ぼうが、迷惑がろうが、
受け取ろうが、拒否ろうが、
そこは、相手の(この場合は、被災者の)
自由なのでございます。

私は、被災者に自由であって欲しいかな?

そして、
本当に援助が必要になってくるのは、
政府の支援が打ち切られる、もっと後なのです。

だからこそ、本当に被災した人に、
援助が届く事が、大切だと思ってますし、

今だけ、被災地に注目するのではなく、
ずっと見守ることが必要だと感じています。

地震が怖い場合の対処方法を、
ブログに書いてみました。
これは、とっても効き目があります。
http://www.1satori.com/blog/?p=3960

地震は、全員に起きてるのでは無くて、
一人、一人に、違う意味があって、
起きているのです。

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