貢いでもらってはいけませんか?

お金というのは、大人の扱うもの。

なのに、誰かが、そのその場所まで、
連れて行ってくれて、
全部、準備してくれて、
貰えるもの。

と、思ってるのです(笑)

お金は大人が扱うものなのに、
自分の中の 子供に先導させてしまうのです。

めんどくさい
(なまけもの。人から貰えると思ってる) 

だって、お金がないし
(だって・・から始まる言い訳が好き)

10年後? 今、欲しいのに
(先の視点がなく「今ここ」しか見えてない)

これ、全部、子供の特徴で、
この自分の中の子供に先導させているのです。

そして、もう一つ 子供の特徴。

何もしない割に、欲深い(笑)

これも忘れてはいけません。

お金の事は、
大人が、先導しなくてどうするの?

では、今日は、前置きが長くなりましたが、
ニュースレターの登録時に頂いた、
コメントから。おひとつ。

Q.
みのりさん、
お金は自分で稼がないといけませんか?
貢いでもらうのはいけませんか?

いいえ。貢いでもらうのもアリです。
ただし、条件があります。

何かを外の世界に取りに行く時。

・欲しいと感じて、自分で取りに行く。
男性的な能動的な 受け取り方。

・欲しいと感じて、誰かにお願いして、
 取ってきてもらう。
女性的な受動的な 受け取り方。

この二つがあります。

これは、男女ともに、両方、備わっています。

受動的な受け取り方の場合は、
受け取ることで完結では、ありません。
ここまでなら、ただの負債です。

人に持って来てもらってる訳ですから、
力を出した人に、感謝する。敬う。
これは、必要なのですね。

「ありがとう。
あなたが居てくれて、私は助かりました」
この言葉で、相手は活きます。

誰かの役に立ちたいと、多くの人が思っています。
特に、世のお父さん、お母さん、
家族や、子供の為に、力を出してます。
もらえて当然ではありません。

それよりも、
何で、この質問が出てきたのか?
その背景の方が、気になりますけどね。

もしかしたら、
過去に、女性的な受動的な 受け取り方。
この部分で、何かご自分の中に間違った解釈があり、
罪悪感をためてしまっているのかもしれませんね。

少しずつの負債でも、
積もれば、大きな罪悪感に変わります。

「貢いでもらう」という言葉が出てくる時、
もしかしたら、それは、
感謝が足りない時、なのかもしれません。

何故なら、感謝があり、力を出した人が活きる時、
エネルギーは、お互いに 
「ありがとう」「ありがとう」の循環が起きて、
完結しますから。負債はなしです。

貢ぐという言葉ではなく、
もしかしたら、「誰かと創造する功績」の事を、
受け取り違いしているのではないでしょうか?

多くの人の人生の中で、能動的な力を出してきて、
与えてくれた人。

それは、お父さんです。
お父さんが出してきた力と同じくらい、
ありがとうを伝えて、その力を、
受け取っているでしょうか?

もうすぐ父の日。ありがとうを伝える日、
そして、受け取るチャンスでもあります。
こんなチャンスは逃しちゃダメです。