病気が出ていく時が一番しんどいです

今日は病気と瞑想について。
私たちは 病気の症状が 出てきた時 表面の症状をみて
「病気になった」と 表現をします。

これは マインド側 (小さい自分)の 言い分です。
空 (本当の自分)からすれば、ストレスというものが
どんな形であれ、精妙な領域から 具体的な形として
表現されて出ていくならば「良かったな」で しかないのです。

空側 からすれば 症状が あるって事は 「病気と呼ばれる 
停滞が 今、動き出して終わろうとしてる」
これが 正しいのです。
完結していく最終段階を見ているのが病気なのです。

病気の時は思うように動けなくて大変ですね。
不自由で停滞している状況に、
追い込まれる訳ですから。

瞑想歴も長くなると、幸せで、豊かで、
叡智に触れている事が当たり前。
物事がスムーズに流れて当たり前。
そこに 年月が 積み重なる時、 昔の辛い悲しい出来事も 
印象が無くなりケロリと忘れています。

思うようにいかない物事が、
世の中に 沢山あることすら忘れて生きています。
そんな時に、動きたい気持ちとは裏腹に停滞してしまう 
不自由な出来事が「病気」です。
病気から、病気だけじゃなく、
世の中の辛い事、苦しい事、どうにもならない事、
不自由な事を思いだせるし、人の優しさや、
気づかいに気づけたり、
当たりまえの有り難さに謙虚になれたり、
沢山、得るものがありますね。

京都の永観堂に、阿弥陀如来像があります。
ここの阿弥陀さんは涙を誘います。
阿弥陀さんはマスター(宇宙の理を手中におさめた人の意味)ですから、
宇宙の流れを マスターしてます。

スムーズに 流れていける 存在でありながら
ここの阿弥陀さんは、前を向いていないのです。
後ろを振りかえいるので「みかえり阿弥陀」と 
呼ばれています。 阿弥陀さんのすぐ後ろを 
ついてこれる人の為にみかえるのではありません。
苦しみや悲しみの 中で、
ついてくる事が困難な人の為にみかえるのです。
阿弥陀さんは 仏像という姿を通して 教えてくれている。
止まっている時に 必要な経験も 沢山ありますね。

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カルマ(ストレス)の 起源

今日は カルマの 起源の お話です
宇宙の創造のはじまりには永遠なる 自然の流れがありました。
これをダルマといいます。
神々の意識と 自然の流れは同じものです。
太陽があたたかく照るしくみと 太陽の神の意識は同じですし、
雨が降ったりやんだりするしくみと 雨の神の意識は 
同じというように 自然の流れにそって 流れていくのが神々です 。

神という言葉が 苦手な人は 宇宙の知性=神 
と解釈すると 解りやすいでしょう。

人間の魂は 空から出てきた 純粋な知性です。
人間と神の大きな違いは 何でしょうか?
神々には自由意志 がありません 一つの動きに流れはじめたら 
その道を変えることはできないのです。
太陽の神が「太陽やーめた 風の神になろう・・」
これをすると 自然の秩序が成り立たないからです。

それに対して、神の後に 創造された人間には
自由意志という 選択が与えらていました。
神々と違って ちょっと退いて、自由に自分の流れていく方向を
変えることが出来たのが 人間の魂です。

「公務員になろう」でも 気が変わった「お医者さんになろう」
こんな 自由意志によって方向を変える事が 可能なのです。

時のはじまりには すべてが 自然に流れていたので、
摩擦もなかったし また人間もハートが開いていたので、
何が正しいのか即座に 感じることが出来たので
自然の流れにそって 流れていました。

けれども、時が経つにつれて人間は
「これは正しい あれは間違ってる」というような 善悪の判断を 
つくり出しました。 そこに自由意志が加わった時に
「良いものはみよう、感じよう!!悪いものは無視しよう・・
感じないように避けちゃえ・・」というように
自然な流れを 止めていきました。
この流れが止められて、途中で途切れてしまった
凝縮されたエネルギーを「カルマ」といいます。

カルマという言葉は、 何か悪い行いをした罰とか、
罪の報いを受ける というようなニュアンスで 
間違って解釈されていますが、
単に永遠の流れが止められてしまったもの
100%経験することが出来なかった出来事や
感情の止まった動きを指します。

カルマに善も悪もありません。 自然な流れが一ヶ所 
止められると その瞬間から 宇宙のいたるところで
色々な流れを止める歯止めが できはじめました
「これが正しい 間違っている 感じたくない 無視したい」
このような判断を 人間はどんどん重ねてカルマが増えていきました。

このようにしてカルマが 凝縮されて密度が濃くなり
物質化したものが 私達が今、見ている 形ある現象界です。
またカルマが私達の魂の まわりに付着して 
密度が濃くなり 固まったものが 肉体のはじまりです。

カルマは 止められた動き100%経験することが 出来なかった出来事、
感情なので 「いつかは出たい・・経験したい」という衝動を持っています

その衝動は肉体を持って人生を生きている時に
日常の様々な 出来事を通じて 経験や感じることから 
解放されていきます。

100%経験されて感じる事でカルマが完結されるので それは 
自然なダルマの流れに戻っていきます ただ、
カルマはもともと、感じたくなかった 無視したものから 
成り立っているので、 それが日常の中で出来事として経験される時は
心地良いものとはいえないものが ほとんどで 苦痛や困難を伴います。

瞑想して「空」を直接、経験すると 「空」には永遠の自然の流れ
「ダルマ」の質があります それがカルマに力を与えて、
カルマが瞑想の中で経験されて完結します。
瞑想中のカルマが完結される場合は そのほとんどが「空」に一番 近いレベル 見たり感じたりする事が より解らない領域で解放されるので、
一番楽でスムーズに解放していくことが出来るのです

私たちは生まれて来る時に、
今世、ある一定量のカルマを解放すると決めて生まれてきます。
その一定量のカルマを 解放すれば 後は、自由に人生を楽しむことだけに
使います。

瞑想をすれば、自由が増える これは 瞑想をしている人は 
皆さん 経験しているでしょう。
仮に解放すると決めてきたカルマを 経験するのが
嫌だからという理由で無視しても
カルマには「必ず いつかは出たい・・経験したい」 という衝動があるので、次の世に、または、時期遅れて、 持ち越されて 
必ず いつかは経験され、解放されます。
一番早くて、安全で楽な方法で、 ストレス(カルマ)を解放していくことが出来るのが、 「空」を体験していく瞑想なのです

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喜びを前に 止まらない

夏休みは 父、妹、甥っ子、姪っ子を連れて、
バリ島を 旅しました。
まず バリの印象ですけど 空気が柔らかく、
エネルギーが とても 心地よいのです。
アジアでは 一番 好きになりました。
時間がゆっくり流れて、独特の 空気感があるのですが、
この空気感が 南仏に 近い感覚なんですね。
また何度も 出かけることになるでしょう。

バリでは ハプニングも 沢山ありました。
到着すぐに 姪っ子が プールで溺れて、
翌日 甥っ子が溺れて、楽しむよりも 病院探しやら、
計画のすべてが 止まりました。
心配しなくても 大丈夫なのに・・・
私 以外は シリアスになってましたね。

申し訳ないけど 観てて ほんとバカバカしいのです。
人って、しょうもないことで 流れを 止めるのです。
これは 瞑想してると よく分かるんです。

ただ楽しかったり、豊かだったり、 喜ばしかったり、
幸せだったりすれば いいだけなのに・・

そんな事に 実は 慣れてないのです。

ここは パワースポットで、
日頃のカルマ(止まった動き・ストレスの事)を 出してるだけで 
それが終われば、完結。
そのまま楽しく、流れたらいいだけ なんですね。
カルマって 止まった動き の意味です。

受け入れきれない 悲しみや苦痛が 止まることが多く、
カルマになりやすいのです。
けれども 同じように 幸せってものも
止めようとするのが、人間なんだなと 感じます。

皆さん 幸せ 楽しみ 喜びを前に 立ち止まらないように!
人は 慣れてない時、止まって 受け取れない。
普通だと思ってることは 当然の権利として受け取れる。

いつも幸せである事 繁栄してる事
英知に溢れていることは 実は 普通の事なんだけどな~。
___________ 編 集 後 記 ___________
今年は アジア づくしです。
フィリピン 香港 中国 バリ タイ 日本各地を 
移動するように 
アジアを 移動できるようになりたいと思ってます。
きっと 将来、そうなるでしょう。
私は 昔、OL時代から「趣味は海外旅行」と 公言してました。
年に一度も 海外旅行できなかった時代に!!です。
将来、そうなりたかったから、公言してたんです。
今、実際に そうなってますね。
今の自分の状況は
「昔、自分が こうありたいと 思い、考えた事」
その通りになってます。 誰もが そうですよ。

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インディアナ

昨日の 瞑想会で 面白い体験がありました。
ちょうど 瞑想中に お友達の事を 考えていたんです。
お友達は 自営業で、もっと会社を大きくしたいと思っているらしく、
勉強やら、従業員のケアーやら、努力しているようでした。

「私に 何かしてあげられる事って ないのかな?」と 
思っていたら、 大昔に見た 映画のシーンが登場しました。
「インディージョーンズ 最後の聖戦」
インディが 最後に取れそうで取れない聖杯に手を伸ばすシーンで、
お父さんが 息子の名前を呼ぶシーン。これを 想い出しました。

この映画 23年前の 映画なんですね。
主役の考古学者 インディ‥ジョーンズは 
ハリソン・フォードが 演じます。
同じく考古学者の お父さんを ショーン・コネリーが 演じます。

聖杯は 考古学者の 二人にとっては幸せ、宝の象徴です。
お父さんは息子であるインディの事をずっと
「ジュニア」としか呼びません。

過酷な 冒険の末、 聖杯が手に入る直前に 
地震で洞窟が崩壊していきます。
インディは もう少しで 手に入りそうな 崖の下の聖杯に 
一生懸命 手を伸ばします。
その時、初めて、お父さんが「インディアナ」と
息子を 名前で呼ぶのですね。

こうやって想い出すと なんという名シーンなのでしょうか。
聖杯が手に入ろうが なかろうが 
お父さんが息子を 愛してることに変わりないのです。

インディが聖杯から手を引っ込めたのは、
「愛が伝わった瞬間」なんですよね。
私がお友達にしてあげられることは 何かと言えば、
「頑張ってね~」じゃないって事です。
ただ 愛してる事を折にふれて表現してあげる事ですね。

なぜなら、私はお友達の 会社が大きくなろうが 
縮小しようが、 勉強してようがしてまいが、
金持ちになろうが貧乏になろうが、
好きだという気持ちには 何の変わりもないからです。
どうだっていいことなんですよね。

皆さんは 身近な愛する人々に 愛を伝えているでしょうか?
親や 子供 パートナーや 恋人 お友達 同僚
愛ほど 素敵なものは この世に ありません。

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加速マントラ

加速マントラ それは、歴代マスター達でさえ 使えなかった 宝石

今日は 加速 リジェネレーション マントラ のお話
加速されたマントラシリーズは 「神」のための食べ物 ソーマを 
沢山 生成する マントラになります。

ソーマは、若返りのホルモンで 間脳の 松果体で生成されます。
私達の知覚を 神のように 精妙に 変化させていきます。
このマントラは、歴代のマスター達も 生きていた時、
時代のせいで 秘密に隠されていたので 使えなかったマントラです。

この世界に 創造されたものは、例外なく、創造・維持・破壊 というサイクルを たどって 変化を 続けていきます。

人間も創造(生まれて)維持(成長して)破壊(死んでいく)
そして、その残りもの やり残したことから また同じように 
このサイクルを 繰り返す。

同じようにこの 私達がすむ 宇宙や 地球も例外なく、
創造(うまれて)維持(進化して)破壊(終わり)・・
そして その残りものから また同じような サイクルを 繰り返す。

永遠のものは、それらをうみ出した「空」だけで
そこから、何か創造されていく もう一つの側面は
例外なく 永遠の「変化」を たどっているのです。

地球のサイクルというのは、私達、人間のサイクルからすると
とてつもなく 長い期間で 変化しています。

そのサイクルの中でも、サティユガ・カリユガという 上昇期と下降期があり 
何度も 繰り返しながら 進化していきます。

ユガとは、「時期」のことで、
サティユガの サティ は「真実」
カリユガの カリ は「いつも争いが絶えない」 の意味。

サティユガは 地球がまだ きれいだった時期 太古の昔。
カリユガは 地球が汚染されていった時期。
今現在。 カリユガになると 私達は 自分の本質を忘れて
魂はカルマ(ストレス)を 積み重ねていきます。

この時期は、人々は完全に自分が 魂であったことを 忘れてしまい、
肉体が自分だと 思い込んでしまっています。

そして、何か 外側にある 物質や出来事で 自分が満たされると思っている 
物質至上主義の時期です。

ハートーマントラをはじめとする、ビジャ・マントラに 関しては、
実際に マスター達も生きてる時に 使って、 弟子達に 多くの恩恵を与えた 
マントラでもありますが、 カリユガが進んでいく この地球の流れの中で、
忘れ去られてしまい 結局、1千年以上の間は、 一般には 教えられていませんでした。

それにもまして、加速マントラ シリーズは カリユガに 移行してからは、おそらく一度も 一般の人が 手にできる形で 世界に出たという 形跡がない
幻の マントラです。

仏陀が生きていた時代でさえも もうすでに 隠れて使えない状態であったと 
言われています。

仮に、間違った時期に世の中に このような貴重なマントラが 提供されても

私達の 未発達な意識の状態では、 全く理解する事が できなかったでしょう。
体験としては 「加速」の 名前の通り、 カルマ(ストレス)の 解放が早い。
そして 空のもっと深い領域(サーマヴェーダ)から来ている マントラなので、
私達の心を「空」の深くに 引き込みます。
明らかな 体験の違いがありますね。
そして 沢山のソーマが生成されるので、脳が活発に動いて 松果体から

沢山のソーマが 生成されて 胃にたまっていくのが 体感としても 理解出来ます。
━━━━━━ 編 集 後 記 ━━━━━━
今日は、加速マントラのソーマについて 触れましたが、
人間が 神のような知覚に 変化していくのに 欠かせない ホルモンです。

続けていると 長い年月をかけて 神の知覚を理解していく事が出来ます
簡単には・・・ 人間 と 神の違いは 認識 出来る範囲の差 です。

人間は 具体的で はっきりして はじめて 「わかる」 という。
神は  精妙ではっきりしなくても 「わかる」 という。
加速マントラの 大きな特徴は 私たちの「五感のすべてが 今までとは 変わってくるよ」 です。
よく 「神は すべてを お見通しだ」な~んて 云いますけど・・

あれ 本当だと 思いますよ。 だって人間が 加速マントラ使っても ソーマによって 五感の変化する兆候、 起きちゃうんだから。
表面だけでなく、全部が、聴こえて、見えて、触れて、嗅げて・・
これが 神の知覚 なんでしょうね。
この能力の事を 私たちは 超能力 と呼びますが、
これを ヨギ達は、人間の持っている普通の能力だと
「超普通の能力」と 呼びます。

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