悟りたければ不思議は捨てよう5

前回の続きです。

自分が本当に大切なものを手放す事は、
何で怖いのかなーと思ったら、

「手放したら最後。
この素晴らしいものは、
もう二度と、手にする事は出来ない」
と思ってしまうからです。

でも・・人間って、
持てる容量が決まっているので、
捨てないと、新しいものを拾えないのです。

そして、時が経過すると、
自分が捨てたことをすっかり忘れて、
また同じ要素を持ったものを拾うのです(笑)
皆さんにもありませんか?

「捨てたつもりが、拾ってたわー!」
ってもの。

私の実家は、
宝石を扱う貿易をしていました。
サンゴから始まり、真珠や貴石ですね。

幼少期の強い記憶にこんなものがありました。
お手伝いさんが、遊ぶために、
私と妹に、お手玉を作ってくれて、
通常はお手玉は中に小豆を入れますが、
内緒でサンゴを入れてくれていました。

我が家では、小豆よりサンゴの方が、
身近だったからです。

そんな宝石が当たり前の中で、
暮らしていました。

これは何を意味するかと言えば、
当たり前と思って、普通に、
積み上げている私の思考です。
幼少期からですから、思考の量が多いです。

家業の宝石の仕事を、
手伝っていたこともありましたが、
家業だけに、精神的に、
ストレスが大きかったです。

宝石の仕事をやめる時に、
家業を手放すわけですから、
多大な精神的な葛藤がありました。

「二度と、宝石には関わる事はない」と、
覚悟して、仕事を辞めました。

しばらくして、
瞑想を教えることになった時、
びっくりしたことがありました。

このような伝統的な瞑想は、
ビジャ・マントラを宝石に例えます。

実際にマントラを使っていても、
宝石そっくりで、宝石展やTVで、
本当に価値がある宝石をみると、
特定のマントラを想い出します。

瞑想で扱うマントラは、
「心の宝石」そのものです。

私は、宝石というものを
「二度と拾うものか!」と、
手放したつもりでいたけれど、
また次も拾ったものが、
形を変えた宝石だったのです!

その事実に愕然としました。

外側の形が違うから、
最初、わからないのです。

けれども、エッセンスが同じなのです。
創造が起こる時、
形が同じものが創造されるとは限りません。
エッセンスが同じものが創造されます。

「手放したら最後。もう二度と、
手にする事は出来ない」と思うのは、
ただの錯覚であり「また拾う」が正解なのです。

こんど私が拾う宝石が、
どんな形に変わっているのかは、
わかりません。

全然、違う仕事の形?
趣味の形?
友達とか家族など人間の形?

今は、わからないけど、
私は捨てても、
何か宝石(たからもの)を拾う事だけはわかります。

なぜなら、その宝石を、思考して、
創っているのは、自分だからですよ。

だから、捨てるって、
実は、凄く大事なのかもしれませんねー。

今は、何を拾うのかさえも、
現実の形に登場するまで、
さっぱり、わからないのだけど、
一歩ずつ進んでいくことにしますね。

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瞑想みのり

悟りたければ不思議は捨てよう

伝統的な瞑想の中では、
悟りの定義はちゃんとあります。

まずは、空を、直接、経験します。
それは最初、瞑想中だけにあり、
目を開けて日常に戻ると、
次第に失われていきますね。

けれども、毎日繰り返していると、
日常に空が定着してきます。
それが、四六時中ある状態が、
伝統的な意味での悟りです。
簡単には寝ていない。
「目覚めている」です。
目覚めた状態で、世界をみることが、
悟りの定義になります。



もしも「私は悟っています」という人が、

本当に悟っているか、嘘をついているかを、
確かめる方法があるとしたら、
寝ている時に話しかけたらいいのです。

本当に悟っていたら、寝ていません。
起きて反応してくれるでしょう。

話しかけても熟睡していたら、
それは、伝統的な悟りとは違うものですね。
悟っていませんね。

本当の悟りって、
寝ている時も目覚めているわけです。
そして、空意識ですから、
眠りよりも、深く休息状態にいます。

悟りの意味が
「目覚めていること」
「分かっていること」

であるならば、
「不思議だーわからないよー」

これが、世の中に、
なくなることなのですよね。

だから、
悟りたいのに不思議を追い求めることは、
同時に2つの反対の方向に
エネルギーを使っている事になるのです。

私は、望んだわけではなかったけれど、
スピリチュアルという業界で、
20年以上仕事していますから、
本当に不思議な体験というものは、
沢山しています。

けれども、最近は、それを全部、
捨てていく作業をしています。

不思議って焦点をあわせるほど、
増えてきます。

オーラは昔は、見えてました。
それは、見えない人からすれば、
不思議ですけど、
ずっと頭のあたりを見ていたら、
本当に見えてくるのです。
だれでも出来ます。

過去生も沢山、子供の時から知っていました。
これも、自分の過去に興味があれば、
いくらでも出てくるのです。
興味を失っていくと、
なぜか、わからなくなるし、
見えなくなるのです。

人が口に出さずに、
心に思ったこともわかります。
でも、そこに焦点をあわせなくなると、
なにもわかりません。

 

世界を分かりたい(悟りたい)
のであれば、
二通りの道があります。

不思議をとことん追求していく
これも一つの方法でしょう。けれども、
最終的にはわからないで終わる可能性が高いのです。
不思議を延々と創造していくからです。

もう一つの方法が、不思議を捨てていく事なのですね。
不思議が増えるほど、自分のまわりが、
分からないことだらけになっていく訳ですから。
不思議を捨てることで、わかることを沢山、創造していきます。

今現在、
後者にチャレンジしているのです。

特に五感覚(触覚・聴覚・嗅覚、視覚、味覚)
を伴う出来事や体験を大切にしてます。
理由は、コントロール可能で、
不思議じゃないからです。

第六感や第七感。これらは、好きでしたよ。
でも、横において、五感覚、
特に触覚を伴うものを重要視しています。
直接、触れることが出来る距離で起きる出来事です。

触れるというのは、肉体や物体を伴うので、
一番現実感があります。

例えば、TVの中でどんなに人間が存在しても、
触覚で触れる事が出来るのは、TV本体です。

だから、TV本体は現実ですが、
TVでどんなに見ようが聞こうが、
ちょうど、心の中でイメージしたことと似てるもの。
現実とは違うものと捉えるようにしています。

すべてを自分が創造しているとみると、
一番、沢山、力を使っている創造は、
目の前に繰り広げられる
触覚を伴う事ができる創造になります。

自分が未来、どこに向かいたいかを決めて、
現実に起きることだけを見て、
分析するだけでも、
今、何をしておくべきか、課題はなにか、
そうしたら、未来はどうなるか、
そんな事がわかるのですね。

不思議で見えない世界を手探りで探るよりも、
目の前の 見える世界を具体的に探るほうが、
手っ取り早いのです。だから今はそんな訓練をしているところです。

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「悟り」自己流では超えられない膜

今日は悟りについてのおはなし
正しい意味での(伝統的な意味での)
悟りの意味合いは

悟り=目覚めて世界を観ることです
私達が本当に目覚めた状態の時、
脳は100%使われていますが、
今現在、私達は脳全体のうち、
たったの5%程度しか使っていません。

どんなにいっぱい五感覚
(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を
使っていても、残りの95%が
ストレス(カルマ)で覆われた状態の
五感でとらえた世界を観ていることになり、
正しく世界を観ているわけではありません。

私達の 通常の意識の状態は、

1.起きている時

2.夢を見ている時 

3.寝ている時 

24時間のうち 
このどれかに当てはまります。

「空」を体験している
瞑想の意識状態というのは、
この3つのより良い面を兼ね備えた状態です。

起きている時より、マインドは冴え、 
夢見ている時より、雑念や映像の中でストレスを解放し、
眠っている時よりも、身体が休息している。
これが、
4.瞑想の意識状態 です。

自己流では、そんなに深く入れないので、
海の波のあたりで遊ぶ感覚です。
空を経験しているわけではありません。

瞑想を始めた頃は、
瞑想中だけにおこる意識の状態なのですが、
規則正しく 瞑想を続けていると、1.2.3.の 
日常のすべてに 瞑想の意識状態が(空が)浸透していきます。

瞑想の意識の状態が、日常のすべてに浸透していった状態が、
5.宇宙意識の状態 といいます。

この状態を「悟り」という人もいますが、
まだ宇宙意識の状態では、
脳の5%しか使われていないので 
「目覚めて世界を観る」ことが悟りとするならば、
私達の五感が変化していく必要があります。

そこで、ソーマと呼ばれる
私達の知覚を変化させるホルモンが
松果体から、大量に流れ出し、私達の肉体や感覚を変化させて
いきますと、宇宙意識の次の意識状態である

6.神意識 
7.統一意識  
といわれる意識状態に至ります。

フルフィルメント瞑想では、
最初のテクニックでハートマントラから
すでに、神意識や統一意識の状態をゴールとするように
ソーマの生成をうながし、感覚を変えていくしくみにデザイン
されている テクニックです。

なので、瞑想すればするほど、知覚が変化して、
感性がひらいていきます。

自己流の瞑想をしている人の多くが、
単に自己流の瞑想を長く続けていると、
いつか悟りが訪れる。
または宇宙意識の状態に到達すると思っています。

歴史的にみても誰一人として、
瞑想の体験なしに悟った人はいません。
ですから、ある意味で悟りに重点をおいた場合に
瞑想を はじめることは、正しい選択ですが、
厳密にいうと、「空」の体験なしに 悟った人はいないのです。

「空」(一元の世界)と 何かが創造されて出てきたもの、
物質や想念や事象(二元の世界)その狭間には
ギャップといわれる創造主(空)でも
何かの創造の産物でもない遊びの空間があります。

マントラがあるのは このギャップのあたりです
ギャップの上には薄い膜があり、
その膜が「空」(一元の世界)
と創造された産物(2元の世界)を
分ける境界線でもあります。

瞑想にも色々あって、
この膜を突き抜けて「空」に到達するだけの
パワーがないと、どんなに長年続けても
それはただ単に思考をたどっているだけにすぎす、
悟りどころか宇宙意識の状態にすら、
達することも出来ないのです。

けれども、この膜に たった1ヶ所でもいいから 
針の穴ほどの大きさの穴を開けることができれば、 
空が日常に浸透していくことができて、
そこから宇宙意識、神意識といった、
悟りへの段階のステップを
進んでいくことが可能になるのです。

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