意味づけせずに見てみよう

今日もニュースレターに頂いたコメントから。

・瞑想を続けて3年は過ぎたと思います。
ウイズダム・マントラまで持っています。

定期的に右半身に歩くのも辛いぐらいの痛みが起こります。
病院に行っても原因は見つかる事はありません。
瞑想を始めた頃に比べたら、
痛みが起こる頻度が少なくなってはいます。
この痛みを伴うというのはなんなのでしょうか??
この状態から解放される日は来るのでしょうか??
抜け出すヒントがありましたら嬉しく思います。

角島大橋

(みのりお答え)

まずは、この体験をしているのは、
私ではありません。
あなたです。

だから、
「何なのでしょうか?」
「解放される日は来るのでしょうか?」
これは「分からない」が答えです。

私が答えたところで、
マインドの意味づけでしかないのです。
わからないことに意味づけしない。
これは大事ですね。

そうしないと、
意味づけしてくれた人のことを、
ありがたがったり、
意味づけを理由に、
根本的な解決をしなかったりするのです。

例えば、
「これはカルマです」
こんな言葉も意味づけ。
ほんと、しょうもないのです(笑)

そんな事していると、
自分が知らないことや、
コントロールできないことを
増やしていくのですね。

そして、
自分がその痛みを創造したことを、
忘れてしまうのです。

だから、
意味づけは、しない。
だけど「見る」のです。

瞑想で経験する「空」には、
「物事を完結させる」こんな性質があります。

完結とは、成就です。
停滞の反対だとおもってください。

感じれば感じるほど、
見れば見るほど、向き合えば向き合うほど、
完結していきます。

なので、瞑想中に、
その痛みをもっと感じて、
痛みの中に入ってみてください。
その中で「空」の
「物事を完結させるエネルギー」を感じて、
大きく拡がってください。

その痛みに、擬音をつけたり、
言葉をつけたり、色をつけたり、
どんな感じか?何を訴えているのか?
それを感じてみるのもいいですね。

「何なのでしょうか?」
の答えがあるとしたら、
あなたが、感じること、想うことが、
答えとなります。

痛みは、
無視することから停滞して、
そこにずっと留まります。

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