悪役

お盆らしく、数年前に亡くなった母の話です。
ある日、私は、悲しい出来事に遭遇し、
気持ちが折れてしまい、
数年前に亡くなった母に逢いたくなりました。

物理的な肉体は もうない訳ですから、
「夢で逢えたらな~ 」と思っていたら、
なんと、夢に出てきましたね。

それがマンガみたいな夢でね。
幽霊のように頭に白い三角の布。
白い着物の母です。

赤土の平地に私がいて、
母が崖の下のような平地から、
私の事を呼んでました。

どうも設定としては、あの世とこの世みたいです。
臨死体験のドラマだと、あの世からご先祖様が
「まだこちらに来ては いけないよ~」と優しい声で、
諭して返す設定ですね。

ところが、うちの母の場合は
「みのり早くこっちに来なさい」って
手招きして、
何故かあの世に行かない私が、怒られた(笑)

手を繋ぎたい気持ちと、
あの世に引きずるこまれる予感と両方で、

「ママーちょっと待っててー」 とかいいながら、
引きずりこまれないように、この世にある大木と自分の胴体に、
命綱をくくりつけて、手をつなぎに行く夢でした。
手をつなぐところで、目が覚めたんだけど・・・

目覚めた瞬間に朝からケラケラと、
笑ってしまった。
悲しい気持ちも吹っ飛んだ。
あの世に、実の娘を呼ぶ母も母なら
「引きずり込まれてたまるか」と
命綱つけて、手をつなぎに行く娘も娘だなと・・

生前は 理解に苦しむことも多々ありましたけど、
死んでからも、
これだけキャラクター的に面白い人って、
私はこの人の娘でよかったな~と思いますね。

それと同時に、この夢から理解した事ですが、

「人生は幻想。映画のようなもの」
とよく言いますけれどね。
寝ている時の、夢が幻想であり、
その幻想の中でも母が悪役を演じているように、
人生という舞台の上でも母は「悪役、汚れ役」を、
沢山、演じきったんだなと・・・

本物の映画の中では
悪役を演じる女優や男優に向かって、

「どうかその役を辞めて下さい」
とは決して言わない。

「リアルに演じきって下さい」と、
要求を出します。

けれども、
人生という舞台に
役割を持って登場してくる存在に対して、
気に入らない時は、

私たちは監督でもないのに
「どうか、その役を降りて下さい」と 

結構、言ってますね。

生前は母の振る舞いを変えようとして
衝突することも多かったです。
「人生は 幻想。映画のようなもの」
こんな言葉はこの業界にいたら、
耳にタコが出来るほど聴いて知ってます。

本当にこの事の意味を、私が理解できたのは、
母が「空」の静寂に溶けて2年経過した
この面白い夢を見た経験からなのです。

彼女は最初から、ただの「静寂」だったのですね。
それでいて、悪役、汚れ役を見事に演じきった
いい女優でした。
これだけが真実です。

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捨てて上がる

この週末は、トリニティ主催の
フルフィルメント瞑想の
創設者のボブさんのWSでした。
40名位の方が参加されました。
内容は新しいテクニック
永遠の愛の瞑想の中の1つ、
ヴァイオレットファイヤー・
マントラ伝授でした。

 

私は司会を担当したのですけど、
最初の挨拶で、緊張で足が震えて、
途中で座ることに(笑)

 

高周波の大きなエネルギーが、
入ってきたため・・

 

とか、
言いたくもないわ。

そんな美化してると、
成長がとまるだけなのよ。
不思議を捨てたいの!

 

単に足腰が弱いだけなのよ!
大勢の人に慣れてないだけなのよ!

 

未来、私は、もっと大勢の前で、
講座をしていくことになる。
だから、鍛えるためにおきてるのだろう。

 

9月には、カウンセリングで所属する
心理学の10周年パーティがあり、
そこで、150名の前で、
話をすることになりました。
40名程度で震えてる場合じゃあ
ないのです。

 

フルフィルメント瞑想はこの先は、
無くなっていきます。
(もちろん使うことは、ずっと出来ますよ)
この秋には、
異なる瞑想のテクニックが入ってきます。

「エターナルラブ瞑想」といいます。
もちろん、伝統にもとづいたプージャがあり、
その中で教えていきます。

フルフィルメント瞑想。
大好きですし、大ファンですよ。
25年愛用してますからね。

一つ一つの
「マントラという名の宝石」の事も、
熟知してます。
でも そんな私が、この宝物を捨てるの。

もしも、受講生さんが教えて・・
と言ってきたら、
すごーく、教えたいですよ。

でも、おそらく、
9月以降は「永遠の愛の瞑想」
こちらに先に、すすんでもらうと思います。
相談して決めていきましょう。

色んな理由から、こうなります。

広い認識を持つこと。
自分のことだけ考えていてはいけないのです。
他の誰かが、それをしててもOKでも、
私が、してはいけないのです。

瞑想の業界、
全体を見ないといけないのです。

昔、私が教え始めた時は、
こんなに沢山の人が、
瞑想する時代ではありませんでした。
瞑想の種類も教える人も少なかったです。

 

今は、沢山の瞑想がありますし、
瞑想する人の数も圧倒的に増えてきてます。

 

この状況を創り出してきた担い手でもあるのが、
フルフィルメント瞑想なのです。
だからこそ、真っ先に次の段階に、
ステージUPしていかないといけないのです。

 

ましてや、私が「捨てて上がる」
これをしないでいると、
同じ瞑想を教える先生たち、
そして受講生さんたちも、
フルフィル瞑想にしがみついてしまいます。

だって、素晴らしいもの!
教えなくなる理由がわからないもの!

私が、フルフィルメント瞑想が好きという理由で、
新しい流れに乗らないでいると、
後の人が、この流れに続くことが出来ないのです。

それこそ、フルフィルメント瞑想してない人達、
自己流瞑想やら、全く内容も知らないような
◯◯瞑想している人達にまでにも影響を与えるのです。

 

手放した時、沢山の恩恵を受け取ります。
だって、それだけのこと、
25年かけてしてきてるから、
宇宙は私に、
何かのギフトを用意してくれているみたいね。

9月に予定しておりました
東京伝授&瞑想会は伝授は、
ウイズダム・マントラで考えていたのですけど、
「永遠の愛の瞑想」
こちらのマントラであれば受け付けます。
ただ、まだ値段が決定しておりません。

8月のティーチャーコースの後で決まりますね。
そんなことで詳細がわかりません。少しお待ち下さい。

大阪伝授&瞑想会

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悟りたければ不思議は捨てよう5

前回の続きです。

自分が本当に大切なものを手放す事は、
何で怖いのかなーと思ったら、

「手放したら最後。
この素晴らしいものは、
もう二度と、手にする事は出来ない」
と思ってしまうからです。

でも・・人間って、
持てる容量が決まっているので、
捨てないと、新しいものを拾えないのです。

そして、時が経過すると、
自分が捨てたことをすっかり忘れて、
また同じ要素を持ったものを拾うのです(笑)
皆さんにもありませんか?

「捨てたつもりが、拾ってたわー!」
ってもの。

私の実家は、
宝石を扱う貿易をしていました。
サンゴから始まり、真珠や貴石ですね。

幼少期の強い記憶にこんなものがありました。
お手伝いさんが、遊ぶために、
私と妹に、お手玉を作ってくれて、
通常はお手玉は中に小豆を入れますが、
内緒でサンゴを入れてくれていました。

我が家では、小豆よりサンゴの方が、
身近だったからです。

そんな宝石が当たり前の中で、
暮らしていました。

これは何を意味するかと言えば、
当たり前と思って、普通に、
積み上げている私の思考です。
幼少期からですから、思考の量が多いです。

家業の宝石の仕事を、
手伝っていたこともありましたが、
家業だけに、精神的に、
ストレスが大きかったです。

宝石の仕事をやめる時に、
家業を手放すわけですから、
多大な精神的な葛藤がありました。

「二度と、宝石には関わる事はない」と、
覚悟して、仕事を辞めました。

しばらくして、
瞑想を教えることになった時、
びっくりしたことがありました。

このような伝統的な瞑想は、
ビジャ・マントラを宝石に例えます。

実際にマントラを使っていても、
宝石そっくりで、宝石展やTVで、
本当に価値がある宝石をみると、
特定のマントラを想い出します。

瞑想で扱うマントラは、
「心の宝石」そのものです。

私は、宝石というものを
「二度と拾うものか!」と、
手放したつもりでいたけれど、
また次も拾ったものが、
形を変えた宝石だったのです!

その事実に愕然としました。

外側の形が違うから、
最初、わからないのです。

けれども、エッセンスが同じなのです。
創造が起こる時、
形が同じものが創造されるとは限りません。
エッセンスが同じものが創造されます。

「手放したら最後。もう二度と、
手にする事は出来ない」と思うのは、
ただの錯覚であり「また拾う」が正解なのです。

こんど私が拾う宝石が、
どんな形に変わっているのかは、
わかりません。

全然、違う仕事の形?
趣味の形?
友達とか家族など人間の形?

今は、わからないけど、
私は捨てても、
何か宝石(たからもの)を拾う事だけはわかります。

なぜなら、その宝石を、思考して、
創っているのは、自分だからですよ。

だから、捨てるって、
実は、凄く大事なのかもしれませんねー。

今は、何を拾うのかさえも、
現実の形に登場するまで、
さっぱり、わからないのだけど、
一歩ずつ進んでいくことにしますね。

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ビジネスの話ができない人に瞑想を習ってはいけない

この間、ネットで検索していたら、
「ビジネスの話をする人に瞑想を習ってはいけない」
こんな見出しを見つけました。

はぁ?
私、瞑想教えてますけど、
ビジネスの話、大好きなのですね。

私から言わせると、

「ビジネスの話ができない人に、
瞑想を習ってはいけない」 

なのです。

瞑想のゴールは、
空を経験することではありません。
自己流や伝統に繋がらない瞑想では、
空を経験するだけで、20年30年かかります。

空を経験することが、
スタート地点になる瞑想でないと始まらないのです。

その上で、この空の経験が、
最終的には日常に反映すること、
これがゴールなのです。

「空が日常に反映する」とは、
簡単にいえば、世界のすべての中に、
愛を見つけることだと思うのですね。

世の中のビジネスの中に、
愛を見つけることが出来てない時点で、
その人の話してる瞑想の質や、
瞑想で起きてくる日常の認識力が浅いのです。
だからそんな人から習っちゃダメなの。


私達が大人になるまで無事に成長できたのは、
誰かのビジネスで生かされてきたのです。
普通には、両親が働いてくれた事、
社会が支えてくれた事ですね。
愛だよ!愛。

自分は稼いでないから、奉仕だからって、
誇るような事じゃないのです。
ただ、税金少ない。
愛が少ない人って意味ですよ。

自分は出してないけど、
ご近所のお父さんが働いて出してくれた税金やら、
企業の払った税金を受け取って、
生かされてきたのです。

誰かが、ビジネス=働くという行為に
出したエネルギーが、
義務教育の学校とか、公園、
歩道橋とかに形を変えているので、
ほんと 分かりにくいですけど・・
愛以外のなにものでもありません。

今、沢山のビジネスマンが、
瞑想の習慣を持っていますね。
素晴らしいことですね。

売上あげる為の瞑想でも、
身体を休めるための瞑想でも、
徹夜して働くための瞑想でも、
欲望まみれの瞑想でも、
何でもいいと思います。
だって、愛だもの。働くという愛。
特に、父親の愛・社会の愛を認識することなのです。

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瞑想みのり

 

瞑想は意識のゴムを柔軟にする

今日の話は、瞑想をまだ、
多くの人に教えてない初期の頃の話です。

それこそ、20年ほど前の話になりますね。
教え初めの時ってね。
月に、おひとり、瞑想の伝授に来られたら、
「うわぁ 人が来た!」と思ってました(笑)

それが1人が2人、そして、
それが毎月連続で、続くようになってくると、
「いやぁーこんなに人が来たぁー!びっくり!」
と、思っていました。

そんな日々にある程度なれて、瞑想を受けに人が来る事。
これが普通の日常として、何年か続いた年の年末の事です。
大掃除をしていたら、

「(来年は)◯◯百人〜◯◯百人の人に 教えに行きなさい」

こんな声が聴こえました。 

おそらく、仕事の事を
示しているのだと思いました。

声の主が、誰なのかと言い出すと、
姿、形無き声なので、
責任の所在がなくなります。

なので、ここでは、
私の「心の声」とでも言っておきましょう。

「◯◯百人〜◯◯百人」この数は、
さすがに無謀な数字だと思いました。

それを1年でこなせとは、
これは どう考えても 無謀です。

「絶対に 出来ません!!」
って、独り言で返事してみました。

けれども、翌日も声は聴こえました。
「無謀・絶対不可能」だと繰り返すたびに、
何度も聴こえました。

そこで、3日目の最後には、
この声に折れて、質問に変えてみたんですね。

「仮に、◯◯百人〜◯◯百人の人に、1年で
瞑想を教える事が、本当に可能だとしたら?
今、私に出来る事は何だろうか?」と

この「無謀、不可能、絶対出来ない」
と断言している意識。

これはまるで、
ゴムが小さく縮んでいるように思えました。

この縮んだ意識のゴムの両端を持って、 
思いっきり 引っ張るイメージをしてみたのです。 

「でーーきーーるーーかーーもーー」
って、 空の無限を真似して引っ張りました。

そして、翌年、
結果はどうなったのかと言いますと・・・

残念ながら、
この声の数字は達成できませんでした。

けれども、数年後には、
達成して、現実になっていたのです。

1人、人が来ただけで、ドキドキしていた頃を思うと、
数百人の知らない人に、
当たり前に会う状況というのは、
これこそが、びっくりなのです!

「空」の認識力が、自分の中で、大きくなるほど、
自分の意識を大きく拡げていくことが可能になるのです。
ゴムのように、柔軟に伸ばすことが出来るのです。

意識が無限であることは言葉で、
沢山聴いていても、イザ体験した時、
その人の認識の範囲でしかわからないですから。

この認識力が拡大していく時、
意識が無限という事が、どうやら、本当なのだと、
体感で理解していくのです。
すると、意識をゴムのように、
柔軟に拡げていくことが出来るのです。

制限とは、
制限の中にいると、知らないうちに、
定めてしまうものなのです。

そして、
無限の意識である「空」の中にいると、
知らないうちに、
はずれてしまうものなのです。

とにかく、皆さんも縮んだ意識のゴムを見つけたら、
ドンドン引き伸ばしてください。

◯◯だから、◯◯できない。
沢山、制限かけてますよね。

「でーーきーーるーーかーーもーー」
ってね。伸ばすの。

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