太る質問

2月3月は瞑想会が中止になりご迷惑をおかけしました。

では、今日もさっそく、行ってみよう!
ラブマントラの方の質問です。

三田のエスコヤマのクランツ。太りそうなバタークリームのお菓子取り寄せてみた!

(質問)
今までダイエットとリバウンドを繰り返してきました。
友人と話していた時に自分の感情が大きく動いて

「このコンプレックス!!!こじらせまくっているけど
なぜか・・なぜか・・・もう簡単に解消できる気がする!!」

とそう思ったんです。
で、そう友人に話したその夜、瞑想を始めました。

すると、すぐに私は号泣し始めました。
押し殺すように。むせび泣くように。
30分、ずっと深呼吸をしながら泣き続けました。
頭の中では、過去生でずっと繰り返してきた
時代に翻弄されて愛と調和で生きてこれなかった
すべての人生が、本のページをめくるように現れてきて
私は頭の中で何度も

「いいよ、全部私が光に変容させてあげるから。
大丈夫だから!!私はわかっているから!!」

そんな言葉が繰り返し頭の中で響いていました。

怒涛の30分の瞑想後すっきりしましたが、
夜中に、いつもは一度寝ると起きる事のない娘が
「お腹がいたい」と起きてきました。
トイレで用を済ませたら少し楽になったようで
そんな娘と一緒に私も布団に横たわりました。

すると、夢の中で
娘が病気になったという夢をみました。
(※まさに現実とオーバーラップする感じでした)
だけど、なぜか、家の中にお医者さんが常駐していて、
それで娘が助かる・・という夢でした。

普段ほとんど夢を見ない(覚えていない)私が
昨日の瞑想で号泣、そして夢をみた、という流れでしたので
みのり先生のご意見を聞いてみたくなりました。

(みのりおこたえ)

この体験もラブマントラらしい体験ですよね。

まず、太っている心理的要因は
「保護」を求めているからです。

びっくりするくらい太っている人って、話を聞いてみると、
子供の時に虐待を受けていたりします。
「守ってもらえない」だから、脂肪を蓄えて守る(これが保護です)
その人が本当に守りたいのは、辛い自分の心です。

瞑想の「空」は「完結する」という性質を持っています。
瞑想してない人は、現実の中か、夢でしか解放ができません。
悲しい、苦しいなどの人生ドラマを作り出して、
感情を感じて完結しようとします。

夢の中の解放であれば、
怖い夢をみて怖いと感じて完結するなどです。

瞑想してる人は、瞑想中は、意識が、
精妙なレベルを経験してるので、
空のすごく近くで完結が起きるので、解放が楽です。
おそらく、太っているとしたら、その原因は、
「守ってもらえなかった・・」という、
何らかの思いが根強くあるのだと思います。

瞑想も初期は、その日に、日中に仕事などでためたストレスの解放で、
せいいっぱいです。
けれども、ある程度、根深いストレスが取れてくると、
過去(子供の時)そして、過去世の根深いストレスを解放していきますね。

過去世の部分は、精妙な領域で完結されているので、
詳しくわからないけれど、たくさんのカルマ(ストレス)を解放しています。
もしも、具体的に見えたとしたら、
気絶してしまうような印象を解放しています。

 

そして、高次の自分(空の自分)の言葉なのかな?
守られない・・と、あきらめて(脂肪をためこむ)ところから、
守られるんだと、思えた何かが内側で起きたのだと思います。
(これが無いと、保護されない=問題解決しないから、必要だったのです)

普段から「私の心と身体は、私が守るから!」と、
深いところから思ってあげるのは大事な事ですね。

本当に深いところから、守られる事が理解できた時は、
太る理由がなくなるから、脂肪を必要以上に溜め込まなく
なります。(こうなれたらいいですよね)

こういう経験を「カルマ(根深いストレス)から自由になる」
って言います。

娘さんの「お腹がいたい」は、
これは、お母さんの解放の影響を受けたのだと思います。
大きな解放の時は、子供も反応しますね。

 

なぜかというと、
カルマ(ストレス)というのは、
2種類あり

・肉体に由来するもの(先祖の身に起きた事)
これは、ダビングのように肉体にまつわる記憶を先祖から受け継ぎます。
(おじいちゃんの戦争体験を孫が瞑想中、解放するなどありますし、
長年、瞑想してる人の親などは、性格がガラリと変化したりします)
これは、魂とは全く関係のない記憶です。

もう1つは
・魂に由来するものです。

これは、肉体がなくなっても、
転生の間、解放されるまで持ち続けるフィーリングです。
(このカルマを解放・完結してくれそうな人生を歩む肉体を
(見えないレベルで)選び、転生し人生が進んでいきます。

どっちにまつわるカルマ(ストレス)なのかは、
厳密にはわからないし、分析の必要もないのだけれど、
(両方、一緒に解放されるゴミから)

 

夢の話は、お医者さんの常駐で
「助かる」よりもニュアンスとしては、
夢が「大丈夫。守られるから・・」
と教えてくれていますね。
これをみる事で安心した(守られた感からくる安心感)
があるはずです。知性でもあるし、カルマの完結を意味しますね。

この夢は、本当のお子さんの事でもあるし、
この太ってるという思い(守られないという思い)が、
ご本人の子供の時に実際にあった事なのではないかしら?
(今世の幼少期、または、過去世の幼少期の記憶の可能性もあります)

とにかく・・
「空」の経験を伴う瞑想の場合は、
これを解放したいと具体的に望んでいる事が、
いつ、何月何日に解放できるかと、
指定することは出来ないのです。
けれども
自分が解放したい、解決したいと思ってもみないことまで、
知らない間に沢山の解放が起こり、成果を得るのです。

面白いシェアーでしたね。

次回の瞑想伝授&瞑想会は4月10日(日)です。
もうすぐ満席です。

無料オンライン質疑応答&シェアー会は、
3月24日(木)21時〜です。

瞑想みのり @奈良学園前

未来をつくれ!

こんにちは 瞑想みのりです。
昨日22日(木)は、
21時からオンライン瞑想質疑応答ライブでした。
10名の方が参加されました。

月1回開催します。
誰でも無料参加できるフルフィルメント瞑想(ELM瞑想)の
質疑応答&シェアー会です。よかったらどうぞ!
FBグループ・フルフィルメント瞑想質疑応答&瞑想ライブ https://www.facebook.com/groups/197842198956296

 

FBグループで、認識についての質問がありました。
ちょうど瞑想会で、良い事例がありましたので、
具体的に例を挙げてみたいと思います。 

(頂いた質問)
みのり先生に
「瞑想は体験と同時に起きている事への認識が重要」 
と言われました。
この意味がよくわかりません。

桃といえばあらかわ・・美味し。

(お答え) 認識とは、簡単には、瞑想の「空」を経験して、
日常の体験の中での「あっ!そうか!わかった!」
という理解の事です。

この間の瞑想会である方が 
「自分が引っ越す夢を見て、その家に行ってみたら、
とても広い家で、表札が違うから、すごすご帰った」と、
話していました。
使ってるマントラはクリシュナ・マントラです。

この時に
「あっ!わかった!これが
クリシュナの多次元宇宙か!
自分の知らない自分を発見するんだな!」と、
自分で理解できていたら、認識が進む事になりますが、

質問するまでは、自分では、
わからなかったの。
講師に聞いて初めて
「あっ!わかった!」に変わりましたよね。
わかったら、ここに向かって、
現実を形創る事が出来ます。
それを、していかないといけません。
何が何でもです。
時間をかけて良いから、 
ここは、あきらめないで行動するです。
自分でもまだ気づいてない、
気づかないふりをしている
ハートの深い望みだからです。

行動していかない時、
「瞑想してるけど、あまり変化がない」 と、
言い続ける事になるのです。

クリシュナは合図を送っている。 
わからないから、
何度もわかるまで、合図を送っている。
こんなに具体的で
分かりやすい瞑想はないと思います。

この事が、
わからないと(認識できないと) 
ここに行動を起こしていけないのです。 
夢を見たな。それも同じ夢を何度も見たな・・
ここで終わっちゃうの。

 

夢は通常は、
ストレスの解放で見るので、
分析する時間が無駄なほどのゴミです。

けれども悟りの意識状態では、
全く違う意味合いを持ちます。
知性の夢を見るのは、条件があります。
マインドが直接、空を経験していて、
なおかつ目覚めている状態である事。
マインドがクリアーである事。
知らない事があり悩んでいる場合、
または、知りたいと意識を向けている場合。

もしもあなたが、全知全能であれば、
知性も教える事がないから、
知性の夢は見ません。

これが普通の人が寝ている時に
見る雑夢ではなくて、 
「空」が日常の中に目覚めて
登場してる知性が教えている夢で、 
新しいご自分の未来だから
ゴミの夢ではありません。
ちゃんと、拾わなきゃ。

だから認識が瞑想の体験と同時に
とても大事なのです。

瞑想の講師は、
何の為に存在するのか?
私は、瞑想の受講生さんの、
認識を拡げる為に、
存在してると思っています。 
だから、何でも質問して、
講師を使い倒すの。
使い倒されても、
それは、瞑想の講師冥利に尽きます。 
「人が変化する姿を見れる」
それは何よりも嬉しい事なのです。

同じ瞑想をしている受講生さんが、 
新しい、自分の未来の可能性の中に
入っていく姿を見れるのは、
魂が震えるくらい嬉しい事なのですね。

認識が進んだ状態で、日常を生きる時、
自信を持って、瞑想を続けていけますね。
それは、必ず、容姿や行動にも出てきます。 
そこに年月が重なる時、
明らかに見た目に差が出ます。

マントラを沢山、持っていても、
認識が足りないと、 
それが外から見ても講師にはわかるのです。
「マントラ本当にそんなに持ってるの?」
(そんな風には見えない・・)と
見えてしまいます。

もちろん、マントラが沢山あることで、
固有の波動があり、
刺激がどれも違うから、 
その事で瞑想を続けられているのは、
とても良い事だと思いますよ。 
そこに講師との良好な人間関係を感じます。
否定はしないけれど、 それだけだともったいないの。

私は、
このフルフィルメント瞑想(ELM瞑想)の事を
「瞑想界のポルシェ」と呼んでいますが、
ポルシェは、そんなものでは、
終わりません。

マントラが、少なくても、
そこに 正しい認識があり、
日常の変化と照らし合わせて、
理解しながら進んでいたら、
私は、そちらの方が価値があると思っています。
講師からすると
「いぇ〜い!やったぁ〜!」 って感じかな?

なので、日々、認識を深めながら、
楽しくまいりましょう。

瞑想伝授&瞑想会は
奈良学園前で月1回開催してます。

瞑想みのり