天職と宇宙意識

こんにちは
今日は、レモンパイの写真にひかれて、
一人で京都祇園のカフェに
出かけておりました。うはっ!

万治カフェ

今日は瞑想で到達しうる悟りの意識状態。
神意識の前段階、
宇宙意識と仕事の事を、
少し書いておきましょう。

「空」は魂よりも深い領域ですから、
死んで肉体が無くなっても、
唯一、魂とともに、
持っていけるものなのですね。

だから、前世に、ヨギ
(瞑想の修行などをしていた人の意味)
だったり、お坊さんだったりして、
禅の伝統と繋がっていたりすると、
「瞑想初心者です」といいながら、
最初から、
大きな「空」を備えていたりします。
前世の続きを始めるかのように、
導かれて瞑想を始めるのです。
瞑想との出合いを、
心から魂が震えるように喜びます。

前世でなくても、沖縄には、
昔、TM瞑想の熱心な先生が
おられたみたいで、
私が、教えに行った時点で、
瞑想歴が、10年〜20年、
超えている人が沢山いました。
その人達に、
私は、フルフィルメント瞑想を
教えていました。

この人達は、
最初から
「大きな空」を備えていました。
ほんと、
続きを始めるような感じなのです。

こういう人達は、
特徴的に、エゴ(自我)が、
大きな空に飲み込まれているのですね。
エゴとは「自分を定義する心の事」です。

瞑想をした事がない人は、
思考を束にして、
「私とは◯◯」
というなじみのある思考を握りしめて、
それが自分だと定義しています。

私は◯◯学校出身です。
私は◯◯の仕事をしています。
私は◯◯の母親です。
こんな風に自分を定義しているのです。

宇宙意識の状態というのは、
「私は◯◯だ」
「私はコレが欲しい」
「私はコレをしたい」
こういう、
個人のエゴが「空」に
飲み込まれているのです。

 

これも、凄く面白い状態で、
「自分が無い」のですが、
宇宙も(世の中も)決して、
ほっておきません。

 

(神様(宇宙の知性)が存在するのは、
空のすぐキワ(際)ですから)
神様からも発見されてしまうので、
「私が・・」と、思わなくても、
世の中がやって欲しい仕事についていたり、
目の前にやってくる物事に乗っていく事が、
自分の天道(王道)だったりするのです。
多くの人が天職についていました。

「私が・・私が・・」と、
何1つアピールしない人達が、
実は、1番、世の中にも、
神様にも見つかっちまうの(笑)
面白いな〜と思います。

これが「空」の発達した状態。
宇宙意識の面白い点なのです。

天道とは、ダルマの道です。
自然の流れに乗ることです。
「ダルマ」とは、その道を歩む事で、
自分も喜びを感じるし、
周囲の人も喜びを感じるし、
だから宇宙が(世の中が)摩擦なく、
サポートしてくれる道です。

天職についてるというだけで、
宇宙に(世の中に)
摩擦を起こさないのです。
素晴らしいことですよ。

瞑想してて、
天職がわからないという人や、
天職を見つけたいと思う人は、
目の前にきてる仕事を、
心をこめて、
一所懸命することです。

それが天職でいいし、
違うなら、
必ずそこから時期が来た時、
違う道が出来ていきます。

瞑想をしながら、
時にニートのようになっている人いますけど、
これは、気をつけないといけません。
明らかに悟りとは方向性が逆です。

宇宙意識の状態では、
世の中にも見つかる。
神様にも見つかる。
だから
「その人なりの道の上にいる」
これが正しい。

誰にも見つかってない時点で、
間違いに気づこう!(笑)

道を踏み外してる人も、
何とかしたいな〜と思って、
厳しい事だけど、書いてます。
間違った瞑想者の姿を、
本当の悟りの方向に変えたいな〜と、
思っています。

これはまた追々、詳しく書きますね。

瞑想みのりサイト&おみくじ
https://www.1satori.com/

 

エゴが「空」にのみこまれる

こんばんは
瞑想みのりです。

発達していく神意識のお話の途中ですが、
前回は、反響が大きかったので、
つけたしです。

神様や悟ったマスター達の特徴、
人間との大きな違いは、
肉体の有無ではありません。
私にとっては、
神様やマスターというのは、
固有の個性を放っています。
キャラかなり濃いです。
肉体が無くても、
その人らしさ(神の知性)が
表現されていない人間の個人より、
よっぽど存在感がアリアリだったりします。

人間は、頭で考えすぎなのです。
表面上のマインドにいすぎるのです。
こうしたら、
好感が持たれるかな?とか、
ほめられるかな?とか、
下手な戦略をめぐらしたり、
結果、
神様みたいに固有の個性(神の知性)が放てずに、
誰かと同じようなふるまいや、
身なりになって、
表面的には、
人畜無害ないい人にはなれますけど、
これでは、
人間にも、神様からも、発見されません。

それだったら、
肉体が有っても無いのと同じでしょ。
と言いたいのです。

人間も「自分自身になる」ということ。
これでいいのです。
何かに遠慮しすぎないことです。

「何か?って何よ?」って感じでしょ。
フン!!

最近、みのり。
ブイブイ言いすぎだな(w)

早く旅行に行きたいね。写真は、ベトナムのハロン湾

旧フルフィルメント瞑想で使っていた、
女神のマントラは、
自分自身で在る事を、
まだ知らない人間よりも
肉体の有無を、退けるほど個性的ですよ。

神意識の象徴ラクシュミ(吉祥天)
という女神の絵は、
宝石をじゃらじゃらつけて、
派手に着飾っていますよね。
これもぼーっと見てちゃダメ。
神意識という、
人間が到達しうる意識の状態を表現しています。

派手じゃなくて、
欲深いじゃなくて・・
繁栄と豊かさの女神だけに、

宝石の中の神の知性と繋がってるから、
ふさわしいものを、
身につけてるだけなのです。
ラクシュミの普段着が、
ドレスに宝石なのです。

瞑想者とは、
エゴを断ち、欲を断ち、
こうあるべき という、
頭で考えた瞑想者の姿に囚われるのではなくて、
内側から動いてくる静寂からやってくる
「動く空」の衝動と、流れていきます。
そうすれば、必ず、
外側の世界に好奇心が向いていくはずです。

自然の美しさであったり、
自分の仕事であったり、
人様の仕事であったり、
それによって形作られた
現象界の物質などですね。
神の知性と、人間の知性の融合です。

ここにまだ興味がむいていかない状態というのは、
「もしかして、自分の「空」がダイナミックに
まだ動いてないのかもしれないぞ!と、
悟りの旅の途中じゃないか?」と、
洞察する事です。

 

うって変わって・・
叡智の女神、サラスワティ(弁財天)は、
全然、違う個性を放ちますよね。

サラスワティの絵には、
いつもお供に白鳥を連れていますけど、
白鳥は、水面を優雅に、動く鳥です。
白鳥と湖の水面は、マインドの鏡の象徴です。
思考をしずめて、マインドの鏡をクリアーにし、
優雅に、空と現象界をつないでいき、
これが統一意識へとむかっていくのです。
これも、人間が到達しうる意識の状態を
表現しています。

神意識の状態は、
エゴが「大きな空」に
飲み込まれた状態から、
質を変えて、
空とともにあるエゴに変化している状態です。

瞑想してない人の話す「エゴ、我欲」
とは、全く違う質のものになっているのです。

「エゴや我欲を捨てろ!」と、
言ってる時点で、その人は、
まだまだ悟りの旅の途中なの。
それを言ってる本人が、
エゴや我欲を捨てる課題がある
というだけの話です(w)

 

だから、「空」の経験が増してくると、
この話を聞く必要なし。
自分自身の方が心の内側の体験は
超えているのだから。

エゴを捨てるとか、我欲を捨てるとか、
考えすぎです。

 

捨てる時は、
自然に捨ててるし、
自然に出る時は
「もうエゴの質が変化している」
が正しいの。

 

だから、何にも遠慮せずに、
自分自身でいることです。

新しいプログラムでは、
最初ステップである、
ラブ・マントラでも、
ブラフマン意識からスタートなので、
瞑想歴が長くなっていたら、
その自分をほめて、たたえて、
信頼して、静寂からやってくる流れに乗っていくのです。

 

いつも真理はシンプルです。
「何かが足りない」
から、瞑想を始めないように。

おさらいに、
伝統的な人間が到達しうる意識の状態を
順を追って書いておきます。

・起きてる時の意識状態
・夢見てる時の意識状態(睡眠時)
・寝ている時の意識状態
・瞑想してる人の意識状態(空の直接経験に限る)
・宇宙意識
・神意識
・統一意識
・ブラフマン意識
・クリシュナ意識

 

ではまた次回は、
発達する神意識の続きがかけるかな?
瞑想会のごはんの事を書くかもしれないね。
今回すっ飛ばしたけど、
神意識の前段階である宇宙意識と
天職の事も
またどこかで書いてみたいと思っています。

瞑想みのりサイト&おみくじはこちら
(まだ出来ていません)

 

本当のお客さんは いつも黙っている

今日もLINE@に頂いた質問から いってみよう!

(頂いた質問)
先日、新大阪が終点の新幹線の中でハートマントラで瞑想している最中、
ちょうど京都に到着したところで、車内アナウンスが流れ、
次は京都、その次は東京です、と言われました。
え、この新幹線新大阪行きじゃないの?やばい、
行き先が飛ばされちゃう!と慌てて新幹線から降りて行き先表示を見たら、
ちゃんと新大阪行きになっていました。
キツネにつままれたような気持ちで車内に戻りました。
これは、自分が選んだ道が正しくて、仮に違うと思うことがあっても、
安心してそのまま進みなさい、という事でしょうか?

ふかひれスープいただきました

(みのりコメント)
う〜ん。選んだ道とは仕事関連の事でしょうか?
私にこの体験が起きたならば・・
「心にもないことを言葉にするのを控えよう!」
と思うかな?

「行動が事実」であり、
「言葉だけの想いは事実では無い」という事を、
再認識しておくことです。
事実でもなんでもない単なる言葉から、
新幹線の外まで出てしまった自分がいるわけです。
事実は大阪に行った。ここだけなのです。

自分の(もしくは人の)行動しかみないというか、
そういう姿勢が大切ですね。

例えば「また会おうね!」と言って、
一生会わない人とか(笑)

お店とかだったら「また来るね」と言って、
二度と行かない店とか(笑)

ありませんか?

私は、ありますよ〜。
あってもいいけれど、

「今、心にもない社交辞令を言ったな・・」と
そんな自分に気づいておくことですね。

「自分の心で思っている事と行動をできるだけ合わせていく」
心にそぐわない場合は、言わない事ですね」
気づかずに発してる言葉が沢山あるのだということ。
発しているうちに、自分でも社交辞令なのか、
事実、行動したことなのか、
(行動したかのように思えてしまうから)
わかんなくなってくるということ。

何の行動も伴わない、
その場をしのぐための軽い言葉。
ここに気づいてないと、
相手の社交辞令にも気づけなくなる。

で・・これを言わない人もいますね。
まぁ とても正直な人たちですね。

実は・・・この人たちが、
お仕事においては、あなたの本当のお客さんなのです。

本当のお客さんというのは、
いつも、黙っています。

「買いたいのです!」とか言わないで買うし

「行きたいのです!」とか言わないで行くし

「申し込みますね」とか言わないで申込みするのです。

「行動が事実」ここだけと関わる。

奈良学園前で瞑想を教えています
フルフィルメント瞑想 伝授&瞑想会

瞑想みのり

瞑想みのり
奈良学園前で教えています

「もらってない」という勘違いの癒やし

今日はLINE@自宅瞑想会の瞑想体験から。
(頂いた質問)
今日は金色の箱の中から大きな透き通った青い宝石をもらいました。
手の載せてもらった宝石はどんどん大きくなって、
最終的には横に大きく広がっていきました。
それにあわせて金色の箱もどんどん大きくなっていきました。

最近受け取るものが高く伸びたり、
大きくなったり形が変容していくのがとても面白く、
またその光景が圧巻で、うわーとなります。

これは幻なのか?幻覚か???
でも、すごく嬉しいですし、楽しいです。

受け取るものが私の心の中なのに、
涙が出るほど嬉しいのは、なんでなのかなーと、
不思議ですが、本当にもらってるんだという
確信があるからこその涙なのだと思い、
これからも嬉しいものを、たくさん、
たくさん得て成長していきたいな思います。

(みのりひとこと)
涙が出るほど嬉しいのは・・
一つには「自分はもらってなかった」
この思いが強いとも言えます。
高さ形が大きさが、変わることで、
より「貰っている」の認識が深まりますよね。
「ほら〜こんなに貰ってるんだよ〜」
と、あなたの認識を変えたいのです。

今は
「貰ってないという勘違いの癒やし」
だから、この体験でOKです。

でも、ここからもっと成長してくるとしたら?

貰ってないも何もない。
自分が無尽蔵に持っているし、
自分が貰うのではなく、
もう、与える方にまわることなんですね。

与えるには、
自分が持ってないと出来ない極上の体験なのよ!

女神は無尽蔵に出してくるけど、
同時に、極上の体験をしているのですよ。
ここを目指すの!

貰ってないでも、貰うでもない。
一つ上の階層に、階段を上がろう!
誰かに与えるですね。

ぜひ、親孝行してみて下さい!
親孝行ってね。
親の為にしてると思いますよね。

私は、自分の為にしている
行為でもあると思うのです。
親孝行できるまでに成長してきた
自分の成長が嬉しいのです。

貰ってないでも、貰うでもない。
「与える」は、
「持ってることを認識せずにはいられない」
極上の体験なのです。

みのりサイト