今年印象に残った瞑想体験&出来事3位

こんにちは 瞑想みのりです

12月12日(日)の伝授&瞑想会は、
あと1席になりました。
来年度1月9日(日)は残席4あります。

毎年この時期には、
印象に残った瞑想体験&出来事の
ベスト3を書いてるので、
今年もそうすることにしますね。

 

まず、今年の3位は・・

自分が、思っている以上に、
意識が目覚めていた事に気づいた体験ですね。
そして、そんな自分の状況を受け入れた事。
これが3位です。

 

この状況が悟りの意識状態で
起きてくる経験なのだと理解して認めたからです。

「気づくのが遅すぎた!」とは思いますが、
「気づきたくも無かった」というのが正直な私の感想なのです。

 

実は・・瞑想歴3年目くらいからは、
他の人に、分からないことが、透けて通るので分かってしまう
という知覚の変化の自覚はありました。
よくブログにも書いてましたしね。
でも・・まだ幼い20代の時です。

その時に、感じたことは人が見てないものを見たり、
聴いたりすることで、良い点もありますが、
同時に「それ、私が知る必要あるの?」
と思うことも沢山あったのです。

 

多くの人が悟り(目覚め)というものを 
光が降ってくるような体験とか、
世界がパラダイスに見える素晴らしい体験が
自分に起きることだと想像しています。

透明度の高いマインドの鏡から世界を見るので、
世界がきれいに見える・・これは正しいのですが、

「人間である自分に神のような精妙な知覚の変化が起きる」
こちらの方が大きいのです。
これが・・まぁ〜 良くも悪くも透けて通るのです。

本当に悟りを得たいと思ったら、
知覚の変化によって、ポジティブな面もネガティブな面も
両方知ることになると理解(覚悟)しておく事。
ネガティブな面に対処が出来るようになっておく事。
これが悟り(目覚め)の秘訣だと思いました。

 

多くの人が、知覚の変化の
「良くも・・」
の部分だけが欲しいのです。
「悪くも・・」の部分は
欲しくないのです。

この2年ほどは、20年ぶり位に
民間企業で働く機会があり、
瞑想と全く関係のない沢山の人に
お会いする機会がありました。

 

働いてみたら・・
あまりにも意識が透けて通るので、
対処方法を学ばないといけなくなり、
「こんなにも意識が目覚めていたのか!」
という気づきにもなり、
自分の状況を
受け入れるしかありませんでした。

 

職場というのは、
仕事の本質に気づくまでは、
阿修羅の世界です。
(気づいたら変化しますけどね)

 

競争が激しいところであれば、
「死ね!」という心の声。
「怪我して仕事できないんだったら、
仕事辞めたら?」
「じゃま!」
普通に口に出してない 
こんな心の声が聴こえてましたね。

 

言葉というのは、
口に出して表現される前には、
心の中にすでにあります。
だから、意識が目覚めていると、
口に出さなくても透けて通ってしまうのです。
(またこれは、妄想とは全く違うものです)

ラブ・マントラは、この目覚めが早く起きてくると感じます。
だから、ブログで受講生さんに向けて対処方法などもできるだけ具体的に
書くことにしました。

 

話戻って・・上記に書いた事は
全部、私に向けて言われている事ですけど、
「これ聞こえる必要あるかな?」って思いますよね。
これ、対処方法を知らないと、凹んで泣いてると思います。

 

私は・・笑いましたけどね。

 

「じゃま」は、
言ってる本人が居場所がないのね。

「怪我して仕事できないんだったら、
仕事辞めたら?」これも正論のようで・・
すべてが戦いになってる。
まさに阿修羅(戦い続ける道)です。

ここから 早く出なくては!(笑)

 

「死ね」はさすがに、苦笑いしましたけど、
実は、この「死ね・・」は、奥が深い。

「本当に私に死んで欲しい」 
そのままです(笑)

 

で・・
ある時、ふと気づいたのです。

 

これが自分の(初期の)上司の心の声であり、
私は、成長していこうと思って、
この職場を選んでいるのです。
ならば、素直に聞かないといけません。
だから「死ねばいい」のです。

 

皆さんも「死ね!」と言われたら
ショックを受けずに、パワハラだと言う前に、
死ぬが正しい対処法です(笑)

何に対して「死ね」といわれているのか?
自分自身の中に、その部分を探して、
自分で自分の一部を殺すのです。

 

ありました!
「ポンコツなのに反省しないで笑ってる自分」
これですね。これを殺すのです。

するとね。しっかり殺すと、
不思議なことに状況が変化するのです。
この2年で同じ会社の中で部署が2回も変化してるのです。

 

でも・・部署の変化とともに、
階層が上がっていきましたね。

「畜生の世界」そして、
「阿修羅の世界」から出ることが出来ました。

今は、誰とも戦わない世界にいます。
戦うとしたら自分と戦うだけ。

 

ポンコツなのに
どんどん栄転(笑)

今年は、明らかに「階層が変わった〜」と思いました。
だから私にとっては、この1年は、しんどかったけど
「抜けた〜」と思えるような、嬉しい年になりました。

そんな事で、「自分の目覚めを受け入れた事」
これが3位です。

編集後記
今日の話は、悟り(目覚め)を
知らない人からしたら、
「妄想の話」と思うでしょうね。
妄想の話とは、全然、違う話です。

私が書く理由は、受講生さんに目覚めが起きてきてるから、
対処法をしっかりブログで書いていこうと思ったのです。

良くも悪くも「目覚め」を受け入れるのです。


今日は目覚めのネガティブな

面を書きましたが、
怖がらずにいてね。

 

なぜなら、
ポジティブな面の方が多いから、
かなり私も助けられてます。
悟りは女神が友達ですから。

それについては、
また来年度、どこかで書きましょう。

FBグループ内の
オンライン質疑応答&シェアー会(無料)は、
11月26日(金)21時〜です。

今年もあと1ヶ月と少し
めいっぱい楽しみましょう!

瞑想みのり

見えない法則2

こんにちは
瞑想みのりです。
いい天気。
今から大阪に出かけます。
仕事&ランチしてきますね。

今日は見えない法則の続きです。

瞑想は、信念や信仰心は不要で、
何か信仰をお持ちの場合は、
その真髄を瞑想することで
より深く理解することが出来る
って話でしたね。

森のおはぎ

もっと身近な事で言えば、

瞑想の「空」は、
お稽古事などの
◯道と言われるもの、
書道、華道、茶道、柔道、剣道などなど、
この「道」にあたるものの直接経験です。

◯道の「道」の示すものは、
おおげさになってしまいますが、
目に見えない宇宙の成り立ちや
自然の流れの事で、
表現されたお稽古事の背後にある土台です。

 

宇宙の成り立ちは、
「変化しないもの」と
「変化し続けるもの」
この2つが
創造(生まれて)・維持(成長し)・
破壊(死をむかえる)という流れを創り、
永遠に繰り返しています。

変化しないものは、
「空」の事で、
これは創造主または、
男神として表現されます。

変化していくものは、
瞑想では「シャクティ」と呼び、
様々な女神で表現されます。
「空」が動き、流れ出す
神の知性の通り道の事です。

趣味やお稽古事で
「◯道」に関わる多くの人が、
瞑想を始めると、
趣味やお稽古が上達したり、
理解が深まるのを、感じるのです。

お稽古事や仕事の中で、
時に、すべての物事が
ピタッと決まる感覚を経験したり、
人様の動作の中に見ることがあります。

 

「空」が「シャクティ」として動く時、
シャクティは、
神様の通り道の事ですから、
そんな時「神技(神業)」って
言葉を使うことがありますよね。

この間、ブログを書くにあたり、
日本の神話の中にも
何か、神通力(シャクティ)の事、
書いてないだろうかと思って、
ネットで調べてみました。

いなばの白兎の話。
(簡単なのでネットで出てます)
これは神通力の話ですし、
真理について話していますね。

兎は、
素晴らしいアイデアを思いつきますが、
海(現実世界)を渡れるかに見えて・・
渡れません。

人間が頭だけで考えることは、
限定された中での「正解」
しかないのです。
途中までは渡れるので
「どうだ!正しいだろ!」と
思ってしまいます。でも渡れないの。

この神話には神様の意地悪が出てきます。
「人に親切にしましょう」
という戒めとして解説されていますが、

本来は、兎の行為
(神の知性なしに、現実世界を渡る行為)が、
傷口を拡げてしまうほど、
愚かな行為だと伝えているのだと思います。
(あくまでも瞑想してる私の感性、見解ですが・・)

 

実際に、
兎が海を渡れるのは、
神様と一緒に渡る時なのですね。

 

また神様を信じる事が
「神様を信じるという「考え」になっていたら、
それも同じく、
人間の浅はかなアイデアでしかないのです。
「本当の信仰は、心の深くで経験するものだから)

(兎は神様を信じて、
ひどい目にあっているわけですが・・
神様は反省してません。
実は、ここにも意味があります)

 

「神の知性なしに、海(現実世界)を渡るな!」
神の知性は、頭ではなく、心の深くにあります。
それを携えて渡れ!」その時に、
空(男神)とシャクティ(女神)の統合(結婚)が起きる。
と・・伝えています。

 

お仕事でも、お稽古事でも、
「自分のしている事は、
神の知性が通る道を表現しているのだな」
と意識しながら、自分の心の中の
神の知性と繋がって励むと、
上達すると思いますよ。

 

今日も長くなりました。
また次回も神話の話を色々と、
書いてみたいと思います。
神話は、インスピレーションに
満ち溢れていますね!
知らなかったよ。

 

・次回の瞑想伝授&瞑想会は、
10月10日(日)奈良学園前です。

瞑想みのり サイト&おみくじ
https://www.1satori.com/

 

発達していく神意識2

こんにちは
瞑想みのりです。

オリンピックも終わりましたね。
無観客であったのが残念でなりません。
馬術もっと見たかったです。
フランスのオリンピックの頃には、
コロナも収束してるといいですね。

今日は、発達していく神意識の
つづきを書いてみたいと思います。

最初のステップ 
ラブ・マントラでの、
「分離感がなくなる体験」
について、書いてみたいと思います。
このマントラは、不思議なほど、
分離感がなくなるマントラですね。
喧嘩とか消えてしまいますよ。

「愛は世界を繋ぐ糊(のり)」とは、
TM瞑想のマハリシの講義の中での言葉ですが、
非常に 素晴らしい例えだと思いますよ。

神意識(例えば、旧マントラであれば、
プロスペリティや加速マントラなど)
でも分離感は、なくなりますが、
じゃあ、ブラフマン意識の分離感がなくなる体験と、
どう違うのか?

これは、体感としても、
大きく違うので、書いてみたいと思います。

神意識の状態は、
人間の5感覚が神のような精妙な知覚に変化して、
世界を見ることです。

視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚・この5つが変化します。
実際に受講生さん達の体験を挙げてみましょう。
(私の体験は沢山、過去ログにも書いてますからね)

●都市ガスのガス漏れに気づいた。
誰に話してもガスは出てないと言うが、
確実にガス臭いので、ガス会社に電話したら、
本当にガス管が、
劣化してて穴があいておりガス漏れしていた。

これは、嗅覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

●土砂降りの雨が降ってきたので、
ベランダの洗濯物を取り込もうと思って、
ベランダに出たら、外は晴れていた。
雨が降ったのは、夢の中の出来事だったのかと、
その時に気づいた。
夢がリアルすぎて、現実と見分けがつかなった。

これは、触覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

●欲しかった不動産を買う事になり、
銀行の融資もおり、売主との交渉も終わり。
契約成立を喜んでいたら、
売主が、心変わりして「売るのをやめよう!」
と言ってる事に夢の中で気づいた。

仲介業者も、売買が成立したので、
どんどん交渉を進めていたが
(私だけが、売り主が断ることを知っていて)
案の定、売主は、断ってきた。

これは、聴覚が神の知覚に変化していく体験ですね。

これらは、オカルトチックな話ではなく、
普通の人間の能力なのです。

最近、私は
「悟り」というものが、
普通の人間のあたりまえの体験として語られる時が
到来したのかなと感じています。

ブッダ(おしゃかさま)自身は、
自分の事をブッダとは、
決して言わなかったそうです。

(ましてや・・崇(あが)めてほしいなんて、
これっぽっちも思ってなかったと思いますよ)

ブッダの意味は「目覚めた人」の意味ですが、
周囲の人が「目覚めた人」と呼んだだけで、

おしゃかさま自身は、
自分の事を「タターガタ」と呼んだそうです。

タターガタは
「ありのままのものを、ありのままに見れる人」
の意味で、
おしゃかさまは、悟りとは、
「人間の普通の状態だよ」と言いたい訳です。

同じく、
ヒマラヤのヨギの伝統の中では、
脳の色んな領域を使っていくことを、
「シッディ」と呼んでいます。

「シッディ」は、超能力と訳されてしまいますが、
違う違う。ヨギが訳すると「超普通の能力」を意味します。

脳の使ってない箇所が、まだまだ沢山あり、
「ありのままのものを、
ありのままに見れていない状態」なので、

それを普通に使っていこうね!と
いうのが、瞑想の「空」の経験です。

だから、普通の事として、
上記のような知覚の変化が誰にでも起きてくるの。

悟りとは、世界は、何も変わりません。
自分の認識が変わることです。

曇りだらけの歪みだらけのメガネをかけて、
世界を観ていると、
世界は、曇りだらけで歪みだらけです。

悟りは、黄金の眼鏡から世界を見ること(神意識)
虹色の眼鏡から世界を見ること(ブラフマン意識)

人が自分と同じ世界を観てると思ったら、
とんでもない大間違い(笑)

瞑想者は、世界と、よろしくやってるよ!

長くなったので、本題に入れないままに(笑) 
また続き次回書きますね。

 

この月曜日は、
FBグループで無料のオンライン瞑想質疑応答あります。

9月の伝授&瞑想会は、
9月12日(日)ですね。

瞑想みのりサイトはこちら

瞑想「空」の経験は一生のお友達

こんにちは
瞑想みのりです。

今日は、
瞑想初心者の方の伝授でした。

瞑想の一番のコツは、
初心者こそ、
最初から続けられる瞑想を選ぶ事。
これに尽きると思います。

「瞑想が続いたことがないんです!」
って言う人いますけど、
そもそも、最初から続かないような
瞑想を選んでいるだけだったりするのです(笑)
瞑想「空」の経験は・・
一生のお友達ですよ。

 

人はメリットがあることしか選ばない生き物です。
忙しい現代人が、瞑想に時間を割くからには、
そこから、何かの恩恵を得ることが出来なければ、
続ける意味合いが感じられなくて、
辞めてしまうでしょう。

本当に瞑想することで、
容姿や性格が変わったり、
頭が冴えたり、
感性が豊かになったり、
仕事の能率があがったり、
いつも平安から行動できたり、
効率的に身体が深く休んで、
活動に回せるエネルギーが増えたり、
などなど・・・
心の深いところ「空」から作用する瞑想を
選ぶ事ですね。

今日のランチは、
根菜を使いました。

レンコンは、大きな穴が空いてますけど、
これに似ている身体の部位は、気管支ですね。

だから、レンコンは、のどや
気管支を整えるのに良いとされていますね。
喘息の人は、特にれんこんの節のところ。

でも、レンコンも色を白くするために
普通に・・漂白剤が使われていたりして、
それが実は喉に悪いの!

だから、レンコンは色が汚くてもいいから、
漂白してないものを選びましょう。

今日のレンコンは、自然食品店で買いましたが、
なにげに白すぎて、ちょっと気になってます。
むむむ・・って感じ。またお店の人に聞いてみよう。
聞いてわからなかったら、お店を変えよう!

次回の奈良@学園前瞑想伝授&瞑想会は
9月12日(日)です。誰でも参加できます。

 

次回のFBグループ
オンライン質疑応答&瞑想ライブ(無料)は、
8月16日(月)21時〜です。誰でも参加できます。

https://www.1satori.com/

神鳴りのように竜巻のように・・

こんにちは
瞑想みのりです。

サイトが完成しております。
新規の方の伝授も受け付けております。

ブログも
瞑想と仕事・お金・
瞑想と恋愛・結婚・
瞑想と美と健康・
瞑想と知性の夢・
瞑想の意識状態・

こんな風に、
カテゴリーで分けてみました。

奈良の大仏

この間、
FBグループでオンライン質疑応答&
瞑想ライブをしました。瞑想歴が4年から
10年超えてる人が多く10名の方が参加されました。

一番新しい人達でも、
ブラフマン意識の経験をしているのですね。
神の知覚が、目覚めて、空間に透けて通る体験です。

 

私も皆さんの体験を聞いて、
凄いな〜と思いましたし、
嬉しかったです!

「透けて通る・・」を別の言い方をするとしたら、
自分のエネルギーのフィールドが、
宇宙に(世界に・空気中に)拡がり、
目覚めているということです。

瞑想は、リラックスして始めます。

ブラフマン意識になると、
自分の身体の輪郭をしっかり感じるというよりは、
その輪郭が消えてしまうような感じで、
瞑想を始めていきましょう。

手のポーズとか、
アグラとか、どうでもいいです。
私は、昔から・・
手のポーズにこだわったり、
背筋をしっかり伸ばすとか、
身体のスタイルにこだわりすぎる瞑想は
しようもないと思ってました(笑)
今も・・思ってます。

「身体を超えて意識が拡がっている」が、
正しいからです。

尾てい骨から上昇していくエネルギーを
クンダリーニと言いますが、
これも、身長160センチ足らず人であれば、
頭頂から尾てい骨の90センチ足らずだと思って
瞑想してる人が多いです。
肉体に囚われているのです。

クンダリーニはそこじゃない。
クンダリーニは龍や蛇に例えられますが、
自然現象の竜巻をイメージするといいです。
(あんまりお目にかかりませんけどね)

もっと分かりやすいのは、
夏のカミナリです。
カミナリは、神鳴りとは、よく言ったもので、
天から地に電流が走りますけど、
瞑想してる人は、
あれが、自分の背骨だとイメージするくらいで
丁度いいです。

雲を脳に例えると、
雲の合間(松果体)から、
私達の知覚を変化させるソーマと
呼ばれる若返りのホルモンが生成されて出てきます。
(これは「空」を経験する瞑想に限ります)

ソーマは、瞑想中、内なる目で見るときは、
乳白色のクリームですが、
この体験が増していくと、磁気的傾向が強くなり、
まさに神鳴りの電流のようです。
「天から大地」これが私達の意識の
フィールドだと思ってください。

タラ・タントラ使っている人も同じです、
赤タラで上昇し、白タラで降りる。
赤で雲まで、突き抜けて、
白で降りるは雲から大地まで突き抜ける。
自分の肉体からはみ出ている。こんな感じです。
これが私達のエネルギーフィールドです。

私達は、ブッダの事を「大仏」と呼びますよね。
これもぼ〜っと聞いてちゃダメ(笑)
自分の身に起きることです。
人間が到達しうる意識の状態を表します。
文字通り、目覚めた意識が・・大きいの。

奈良在住ですが、
奈良の大仏には沢山のインスピレーションを頂きます。
門から大仏殿まで、めっちゃ遠いのですが・・
これ、奈良が田舎だからじゃないのです。

大仏の仏像がブッダの身体じゃないもの。
薬師寺とか、長谷寺とかも全部がデカイですが、
これも意味するところがあるのです。
奈良は素晴らしいよ〜。

と・・脱線してしまいましたが・・

ソーマが大量に流れる体験を
ダーマ・メガ・サマディと呼びますが、
「ソーマの雨が大量に降る」という意味です。

神鳴りの後には大量の雨が降るように、
瞑想で起きる体験と自然現象は同じですね。

瞑想みのり

 

未来をつくれ!

こんにちは 瞑想みのりです。
昨日22日(木)は、
21時からオンライン瞑想質疑応答ライブでした。
10名の方が参加されました。

月1回開催します。
誰でも無料参加できるフルフィルメント瞑想(ELM瞑想)の
質疑応答&シェアー会です。よかったらどうぞ!
FBグループ・フルフィルメント瞑想質疑応答&瞑想ライブ https://www.facebook.com/groups/197842198956296

 

FBグループで、認識についての質問がありました。
ちょうど瞑想会で、良い事例がありましたので、
具体的に例を挙げてみたいと思います。 

(頂いた質問)
みのり先生に
「瞑想は体験と同時に起きている事への認識が重要」 
と言われました。
この意味がよくわかりません。

桃といえばあらかわ・・美味し。

(お答え) 認識とは、簡単には、瞑想の「空」を経験して、
日常の体験の中での「あっ!そうか!わかった!」
という理解の事です。

この間の瞑想会である方が 
「自分が引っ越す夢を見て、その家に行ってみたら、
とても広い家で、表札が違うから、すごすご帰った」と、
話していました。
使ってるマントラはクリシュナ・マントラです。

この時に
「あっ!わかった!これが
クリシュナの多次元宇宙か!
自分の知らない自分を発見するんだな!」と、
自分で理解できていたら、認識が進む事になりますが、

質問するまでは、自分では、
わからなかったの。
講師に聞いて初めて
「あっ!わかった!」に変わりましたよね。
わかったら、ここに向かって、
現実を形創る事が出来ます。
それを、していかないといけません。
何が何でもです。
時間をかけて良いから、 
ここは、あきらめないで行動するです。
自分でもまだ気づいてない、
気づかないふりをしている
ハートの深い望みだからです。

行動していかない時、
「瞑想してるけど、あまり変化がない」 と、
言い続ける事になるのです。

クリシュナは合図を送っている。 
わからないから、
何度もわかるまで、合図を送っている。
こんなに具体的で
分かりやすい瞑想はないと思います。

この事が、
わからないと(認識できないと) 
ここに行動を起こしていけないのです。 
夢を見たな。それも同じ夢を何度も見たな・・
ここで終わっちゃうの。

 

夢は通常は、
ストレスの解放で見るので、
分析する時間が無駄なほどのゴミです。

けれども悟りの意識状態では、
全く違う意味合いを持ちます。
知性の夢を見るのは、条件があります。
マインドが直接、空を経験していて、
なおかつ目覚めている状態である事。
マインドがクリアーである事。
知らない事があり悩んでいる場合、
または、知りたいと意識を向けている場合。

もしもあなたが、全知全能であれば、
知性も教える事がないから、
知性の夢は見ません。

これが普通の人が寝ている時に
見る雑夢ではなくて、 
「空」が日常の中に目覚めて
登場してる知性が教えている夢で、 
新しいご自分の未来だから
ゴミの夢ではありません。
ちゃんと、拾わなきゃ。

だから認識が瞑想の体験と同時に
とても大事なのです。

瞑想の講師は、
何の為に存在するのか?
私は、瞑想の受講生さんの、
認識を拡げる為に、
存在してると思っています。 
だから、何でも質問して、
講師を使い倒すの。
使い倒されても、
それは、瞑想の講師冥利に尽きます。 
「人が変化する姿を見れる」
それは何よりも嬉しい事なのです。

同じ瞑想をしている受講生さんが、 
新しい、自分の未来の可能性の中に
入っていく姿を見れるのは、
魂が震えるくらい嬉しい事なのですね。

認識が進んだ状態で、日常を生きる時、
自信を持って、瞑想を続けていけますね。
それは、必ず、容姿や行動にも出てきます。 
そこに年月が重なる時、
明らかに見た目に差が出ます。

マントラを沢山、持っていても、
認識が足りないと、 
それが外から見ても講師にはわかるのです。
「マントラ本当にそんなに持ってるの?」
(そんな風には見えない・・)と
見えてしまいます。

もちろん、マントラが沢山あることで、
固有の波動があり、
刺激がどれも違うから、 
その事で瞑想を続けられているのは、
とても良い事だと思いますよ。 
そこに講師との良好な人間関係を感じます。
否定はしないけれど、 それだけだともったいないの。

私は、
このフルフィルメント瞑想(ELM瞑想)の事を
「瞑想界のポルシェ」と呼んでいますが、
ポルシェは、そんなものでは、
終わりません。

マントラが、少なくても、
そこに 正しい認識があり、
日常の変化と照らし合わせて、
理解しながら進んでいたら、
私は、そちらの方が価値があると思っています。
講師からすると
「いぇ〜い!やったぁ〜!」 って感じかな?

なので、日々、認識を深めながら、
楽しくまいりましょう。

瞑想伝授&瞑想会は
奈良学園前で月1回開催してます。

瞑想みのり